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仕えるということ

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C-01. 仕える(奉仕)ということ



(1) ディアコニア (διακονια) 発端とその意味

  • 上記の成句(マルコ10章45節)で使われている「仕える」は、ギリシャ語ではディアコニアである。主イエスはこのことばを自らの生涯の目的を表わす言葉として用いておられる。また同時に、このことばは主イエスに従う者のライフスタイルを表わすことばでもある。
  • デイアコニアは聖書の隣人愛の根源にある奉仕概念であり、またキリスト教社会福祉の原点でもある。自由意志を尊重するボランティア精神のルーツもこのことばから由来する。
  • 「ディアコニア」の本来の意味は「給仕をする」「食卓に仕える」で、それは奴隷が全く自分の意志を殺して、ただひたすら主人のために仕える無私の給仕の心を表わす言葉である。ルカ22章27節では、キリストはご自身を「給仕する者」になぞらえている。
    他にも「仕える」(奉仕)を意味するギリシャは数種類あるが、() 主イエスがここでなぜあえて魅力的でないこのことばを選ばれたのか。不思議なことに、ギリシャ語訳旧約聖書LXXには、このことばは全く使われていないのである。
  • 以下にこのことばの意味を紹介しよう。(門脇聖子著『ディアコニア その思想と実践』―愛の働きの源流―、キリスト新聞社、1997年。14~15頁参照)

    ①ディアコニアは第一に、奴隷の給仕の行為を意味するように、徹頭徹尾、他者の幸福を願い他者に仕える姿勢を表わす。ディアコニア憲章と呼ばれるマタイ25章32節以下には、飢えている人に食べさせ、渇いている人に飲ませ、裸の人に着せ、孤独の人を見舞う等の行為の総称をディアコニアと呼んでいる。ここには、何が本当に必要かを洞察する愛の感受性と具体的行為が要求されている。


    ②第二に、苦しんでいる人に仕えることは、「わたし(イエス)にしてくれたことである」という主イエスのみことばに心をとめたい。「死にゆく人々」に仕えているマザーテレサは「愛してもらえない人、飢え、裸で家のない人のなかにキリストはおられます」と言っている。ディアコニアの対象は、苦しんでいる人であり、同時にイエス・キリストである。主イエスに仕える心で困窮にある隣人に仕える時、ともすれば、私たちの心に頭をもたげる差別の心、感謝や報いを期待する心から自由にされ、心から相手を尊重する気持ちがわきあがってくるのではないだろうか。


    ③第三に、ディアコニアは私たちに与えられている様々な賜物―物質、知識、技術、愛の心、生命・・を人々のために役立てることである(ペテロ第一、4章10節)。私たちは神より与えられている理性、手足、心を用いて、より豊かな感受性を、技術を養わなければならない。そして一生をささげる心も。主イエスは「仕えるために来た」と言われ、続いて「多くのあがないとして(身代金として)自分のいのちをささげるために来た」と言われ、事実、ご自分のいのちを、私たちの罪と死のあがないのためにささげ尽してくださった。真の意味で、主イエスのみがディアコノス(仕える者)であられる。


    ④第四に、このようなディアコニアをいったい私たちは生きることができるのであろうか、という問いである。主イエスが高熱で苦しむペテロのしゅうとめをいやされた時、婦人は「起き上がってイエスをもてなした(ディアコネオー)。」。ディアコニアは、イエスによって受け入れられ、赦され、愛されている喜びからあふれ出る感謝の行為なのである。「神はそのひとり子を世につかわし、彼によって私たちが生きるようにして下さった。・・・ここに愛がある。神がこのように私たちを愛して下さったのであるから、私たちも互いに愛し合うべきである。・」(Ⅰヨハネ4章9~11節)

(2) 礼拝と奉仕の関係

  • 礼拝ととりなしの働きが密接な関係があったように、礼拝と奉仕も密接な関係にある。しもべは聖書において理想的な人間像である。イスラエルで最もすばらしい人は仕えることのできる人、「神のしもべ」である、神に仕える人こそ最も栄誉ある人と言われる。「神のしもべ」こそ、聖書における神の民として最高の肩書きである。アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、エリヤ、そしてパウロはみな神から「神のしもべ」と呼ばれた。

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  • 例えば、
    ①ラトネオー(λατρενω)、これは雇い人として仕えること。15回。
    ②レイトールゲオー(λειτουργεω)、これは国や国民のための職務上の公的な奉仕を意味する。3回。
    ③ドゥーレノー(δουλενω)、これはしもべ。奴隷として仕える。苦役につく、権力に服従する。強調点は仕えることの服従、屈服性にある。22回。
    ④セラペノー(θεραπενω)仕える。癒す。仕えることへの意志とそこから生まれる諸配慮の現実態に強調点がある。しばしば礼拝との関連で用いられる。1回。
    ⑤ヒュペーレテオー(υπηρετεω)元来、下手のこぎ手をつとめることを意味する。奉仕する。仕えるべき主人との関連が強調される。1回。
    以上の③④⑤は、奉仕者と被奉仕者との関係を表わしている。そして最後は・・
    ⑥ディアコネオー(διακονεω)給仕をする。お世話する。仕える。この言葉は特に、全人格的に他者に仕えること、他者のために存在することを表わすことばである。31回と最も多い。


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