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戦いのための陣備え

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19. 戦いのための陣備え

【聖書箇所】Ⅰ歴代誌 19章1~19節

ベレーシート

  • Ⅰ歴代誌18~20章は、戦いに勝利するダビデとその部下たちの活躍を描いています。今回は、ダビデの王国の北側にあるアラムを支配した話が中心です。

1. 三つの陣備え

  • 19章には五回も使われている動詞があります。その動詞とは「アーラフ」(עָלַךְ)です。「整える、備える」という意味ですが、19章では戦いのために陣備えをするという意味で使われています。五つの内訳は、最初はアラムの陣備え(7節)であり、残りの二つはダビデの部下の軍団長ヨアブとその兄弟アブシャイとの陣備え(10, 11節)、そしてもう二つはダビデの陣備え(17, 17 節)として使われています。

(1) アラムの陣備え (7節)
7 彼ら(アモン人)は自分たちのもとに、戦車三万二千台とマアカの王とその軍勢を雇った。彼らは出て来て、メデバの前に陣を敷いた。アモン人も、彼らの町々から集まり、いくさに臨もうと出て来た。
8 ダビデはこれを聞き、ヨアブと勇士たちの全軍を送った。
9 アモン人は出て、町の入口に戦いの備えをした。共に来た王たちは、別に野にいた。

(2) ヨアブとアブシァイの陣備え (10, 11節)
10 ヨアブは、彼の前とうしろに戦いの前面があるのを見て、イスラエルの精鋭全員からさらに兵を選び、アラムに立ち向かう陣ぞなえをし
11 民の残りの者は彼の兄弟アブシャイの手に託して、アモン人に立ち向かう陣ぞなえをした

(3) ダビデの陣備え (17節)
このことがダビデに報告された。すると、彼は全イスラエルを集結し、ヨルダン川を渡って、彼らのほうに進み、彼らに向かって陣ぞなえをした。ダビデはアラムに立ち向かうために戦いの備えをした。彼らは彼と戦った。


2. アモン人の陣備え

  • 「アモン人の陣備え」は、アモン人の王ハヌンが、お金(1万タラントの銀)でアラムの国々から戦車(3万2千台)とマアカの王とその軍勢を雇ったとあります。アモン人の軍勢についてはどの程度のものであったのか、その規模と人数は記されてはいません。規模と数で陣備えをしたと言えます。

3. ヨアブとアビシァイ(兄弟)の陣備え

  • ところが、それに対する「ヨアブとアビシァイ」(兄弟)の軍勢は、精鋭の中からさらに選抜された者たちによって陣備えをしています。ヨアブとその部下はアモン人に対して、アビシャイの方はアラムに立ち向かう陣備えをしています。この二人の兄弟の陣備えの特徴は相手に対する信頼です。
  • ヨアブ(ダビデの軍団長)のことばに注目してみましょう。

    【新改訳改訂第3版】Ⅰ歴代19:12~13
    12 ヨアブは言った。「もし、アラムが私より強ければ、おまえが私を救ってくれ。もし、アモン人がおまえより強かったら、私がおまえを救おう。
    13 強くあれ。われわれの民のため、われわれの神の町々のために全力を尽くそう。【主】はみこころにかなうことをされる。」

  • 少数精鋭部隊の強みは、共に戦う者同士の信頼による連帯意識です。アモン、アラムは金で雇われ、お金のために戦う戦士たちですが、ヨアブとアビシャイの軍団は、「われわれの民のため、われわれの神の町々のために」という共通の目的意識に支えられています。この二人の陣備えから学ぶことは多いのです。
  • その一つに、「強くあれ、・・~のために全力を尽くそう」ということばがあります。この呼びかけには「ハーザク」(חָזַק)という動詞が二回使われています。一つは「強くあれ」と命令形です。もう一つは「バーザク」のピットパエル態で「全力を尽くそう」と訳されています。ヒットパエルとは自ら主体的に、自発的に、自分に対して「強くある」ことを意味します。それが「全力を尽くそう」(新改訳)と訳されているのです。新共同訳では命令形は訳されず、「雄々しく戦おう」としています。
  • もう一つは、主に対する信頼です。ここでは「【主】はみこころにかなうことをされる。」(新改訳)とあります。直訳的には、「主ご自身の目に良いと思われることをなされるように」ということです。新共同訳は「主が良いと思われることを行ってくださるように。」、NKJVは"And may the Lord do what is good in His sight."

    画像の説明

ダビデ王国.JPG


4. ダビデの陣備え

  • 「ダビデの陣備え」を見てみましょう。17節にはひとたび退陣したアラムは、再度、ユーフラテス川向こうのアラム(おそらく、ツィバ)に使いを送り、ツィバの王ハダテエゼル王の将軍の率いる軍勢に立ち向かうべく、ダビデは陣備えをし、そして戦いました。結果はダビデの勝利でした。この勝利によって北部は完全にダビデの支配下に置かれました。最初はアモン人から金で雇われたアラムも、ダビデが勝利したことによって、アモン人を援助することはなくなりました。
  • ダビデが戦いに勝利することによって、やがて平和が訪れます。その時になって、はじめて主の宮が建設されるのです。そのための経済的資金はダビデが戦いに勝利することによってもたらされました。ダビデの使命とソロモンの使命は異なるのです。ダビデは神のために主の宮を立てる準備をし、その後継者であるソロモンがそれを建てるという、それぞれ自分に課せられた時代的課題があるのです。


付記

●Ⅰ歴代誌19章は、ダビデという人物についての一面を表しています。その一面とは、自分に対して誠実を尽くしてくれた相手に対して、自分も誠実を尽くそうとすることです。

●アモン人の王ナハシュ(「ナーハーシュ」נָחָשׁの意味は「蛇」)は、ダビデと交わした約束に対して誠実であったようです。ダビデはナハシュが死んだときに、その息子の「ハヌン」(「ハーヌーン」חָנוּןは動詞「ハーナン」(חָנַן)の形容詞で「あわれみ深い、情け深い」という意味)に、父ナハシュの誠実に対して悔やみを言うために、家来を遣わしました。ところが、ハヌンの取り巻きたちによって、ダビデの誠意は正しく受け取られず、父を敬っているのではなく、その背後に企みがあるに違いないと進言され、そのために遣いの者たちは辱められ、送り返されました。このことで戦いが起こりつつあったのです。

●「真実を尽くす」の「真実」(口語訳は「恵み」、新共同訳は「忠実」)と訳された原語は「ヘセド」(חֶסֶד)です。この語彙は約束したことに対してどこまでも誠実・忠誠であることです。その意味では、TEV訳の「フレンドシップ」(friendship)が適訳だと思います。その意味では、ダビデは「心の真っすぐな」面を表しています。その反面、モアブの王となったハヌンの取り巻きたちは「心の曲がった」者たちです。

●ダビデの悔やみの中に表わされた「誠実」(ヘセド)を正しく理解せず、その行為を曲げて取ったアモンの人は周囲から完全に孤立するはめになったのです。

●ダビデの治世は「ヘセド」が重視された王国です。ダビデの無二の親友ヨナタンに対するヘセドは、ヨナタンの息子メフィボシェテに表わされます。そのことがⅡサムエル記9章に記されています。ダビデのそうした統治は、やがて到来するメシア王国の「型」となっています。

2017.2.25

2014.1.22


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