****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

産婦の血のきよめについての規定

文字サイズ:

レビ記は、「キリストの十字架の血による贖いの神秘」を学ぶ最高のテキストです。

12. 産婦の血のきよめについての規定

ベレーシート

  • 12章は出産に伴う産婦の血のきよめについての規定が記されています。人間が存在するということは、だれでも母の胎を通して産まれてきますから、イスラエルの民にとっては人の数だけこの規定が当てはまることになります。人となられたイェシュアとその母マリアもこの規定に従っています。特に、この12章では「血のきよめ」とその期間について注目したいと思います。

1. 「血のきよめ」とその期間について

  • 産婦は出産によって流れ出る「血」のきよめのために、「きよめの期間」が定められています。ただその期間が、男の子を産んだ場合と女の子を産んだ場合とでは異なることが示されています。
  • 「血のきよめのために」と訳された原文は「ビドゥメー・トホラー」(בִּדְמֵי טָהֳרָה)となっており、前置詞の「ベ」に「血」(「ダーム」דָּם)を意味する連語形複数の「ドゥメー」(דְמֵי)と、「きよめ」を意味する「トホラー」(טָהֳרָה)が置かれています。この「トホラー」はこの箇所(12:4)が聖書における初出箇所で、レビ記に8回使用されています(12:4, 5/13:7, 35/14:2, 23, 32/15:13)。直訳は「きよめの血について」ですが、口語訳は「血のきよめに」、新改訳は「血のきよめのために」、新共同訳は意訳して「出血の汚れが清まるために必要な」と訳しています。
  • 男の子の場合の「きよめの期間」は40日間。女の子の場合の「きよめの期間」はその倍の80日間です。その期間、産婦は家の中に「ヤーシャヴ」(יָשַׁב)しなければなりません。「ヤーシャヴ」は「とどまる、こもる、引きこもる」と訳されます。これは隔離されるという意味ではなく、「聖なるもの」と接触することができないという意味での自宅謹慎です。
  • モーセの律法では、体内からの漏出物が汚れをもたらすとみなされています。出産時の「出血」や月のさわり(月経時)の「出血」のみならず、男性の精液の漏出も同じく汚れをもたらします(レビ15章)。イェシュアが群衆に次のように語られました。

【新改訳改訂第3版】マルコの福音書7章14~23節
14 イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「みな、わたしの言うことを聞いて、悟るようになりなさい。
15 外側から人に入って、人を汚すことのできる物は何もありません。人から出て来るものが、人を汚すものなのです。
17 イエスが群衆を離れて、家に入られると、弟子たちは、このたとえについて尋ねた。
18 イエスは言われた。「あなたがたまで、そんなにわからないのですか。外側から人に入って来る物は人を汚すことができない、ということがわからないのですか。
19 そのような物は、人の心には、入らないで、腹に入り、そして、かわやに出されてしまうのです。」イエスは、このように、すべての食物をきよいとされた。
20 また言われた。「人から出るもの、これが、人を汚すのです
21 内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、22 姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、23 これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」


●このイェシュアのことばから推察すると、レビ記12章の出産の場合の出血や女性の月のさわりの不浄、また15章における「漏出物」の汚れも、人から出る悪が人を汚すということの「型」であると考えられます。

  • レビ記12章で、男の子の場合の「きよめの期間」は40日間。女の子の場合の「きよめの期間」はその倍の80日間という根拠については、今の所、明確な答えを見出すことはできません。ただはっきりとしていることは、男の子と女の子の場合とでは明確な区別があるということです。

2. イェシュアの両親は律法に従う敬虔な人であった

【新改訳改訂第3版】レビ記12章2~4節
2 「イスラエル人に告げて言え。女が身重になり、男の子を産んだときは、その女は七日の間汚れる。その女は月のさわりの不浄の期間のように、汚れる。
3 ──八日目には、その子の包皮の肉に割礼をしなければならない──
4 その女はさらに三十三日間、血のきよめのために、こもらなければならない。そのきよめの期間が満ちるまでは、聖なるものにいっさい触れてはならない。また聖所に入ってもならない。

  • この規定を、バプテスマのヨハネの両親とイェシュアの両親が守っていることをルカは記しています。

(1) バプテスマのヨハネの両親
【新改訳改訂第3版】ルカの福音書1章57~59節
57 さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ。
58 近所の人々や親族は、主がエリサベツに大きなあわれみをおかけになったと聞いて、彼女とともに喜んだ。
59 さて八日目に、人々は幼子に割礼するためにやって来て、幼子を父の名にちなんでザカリヤと名づけようとしたが、

(2) イェシュアの両親
【新改訳改訂第3版】ルカの福音書2章21~24節
21 八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子はイエスという名で呼ばれることになった。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。
22 さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムへ連れて行った
23 ──それは、主の律法に「母の胎を開く男子の初子は、すべて、主に聖別された者、と呼ばれなければならない」と書いてあるとおりであった──
24 また、主の律法に「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽」と定められたところに従って犠牲をささげるためであった。


●生後八日目に、ヨハネもイェシュアも共に律法の定める割礼を受けています。そのときにその男の子の名前が命名されたようです。

●また、40日間のきよめの期間(つまり40日間)が満ちたとき、イェシュアの両親は律法の定める全焼のいけにえと罪のためのいけにえをささげるために神殿に詣でます。ちなみに、聖書には「きよめの期間」という語句がレビ記12章4, 6節、そしてルカ2章22節の3箇所しかありません。

●イェシュアの両親はあまりにも貧しかったために、最低の「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽」をささげたことが記されています。これは、神の家の王となるべきイェシュアが貧しくなられたことを意味しています。使徒パウロは次のように記しています。

【新改訳改訂第3版】Ⅱコリント書 8章9節
あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられましたそれは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。


2016.5.25


a:1279 t:4 y:4

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional