****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し完成します。******

瞑想(1)「悟り」

פ ペー瞑想(1) 「悟り」

テキスト | 瞑想(2)

  • 「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」この130節にある「悟り」ということばについて瞑想したいと思います。「悟り」という語彙は詩篇の中に13回使われており、その中の7回は詩119篇にあります。みことばが開示されることと、「悟り」が与えられることは密接な関係があるようです。「悟りがなれば、滅び失せる獣に等しい」(詩49篇20節)というのが聖書の立場です。
  • 「悟り」は、口語訳では「知恵」、新共同訳では「理解」、英語ではunderstandingと訳されます。みことばがうち開かれると、「わきまえのない者」(新改訳)、「無学な者」(口語訳)、「無知な者」(新共同訳)、「愚かなるもの」(文語訳)、「単純な者」(尾山訳)、「素朴な人」(典礼訳)に「悟り、知恵、理解」が与えられます。このことは実に驚くべきことです。
  • 「悟りが与えられた者」のイメージは初代教会の使徒たちに見ることができます。彼らは当時においては無学のただ人と言われた者たちでしたが、天下を揺るがすほどの人物に変えられている姿をみることができます。特にペテロとヨハネがユダヤ当局の脅しにもひるむことなく、「この方以外に救いはありません」と断言するその大胆な姿に、彼らは驚いたと記されています。私も、ますます、悟りを与えられて、生かされる者になりたいと祈ります。


powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional