****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想(2)「踏み行く」

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  • 35節「私に、あなたの仰せの道を踏み行かせてください。私はその道を喜んでいますから」の「踏み行く」という動詞ダーラフדָּרַךְ(darakh)は、名詞のデレフדֶּרֶךְ(derekh)のもとになっている言葉です。恩寵用語として使われる時は「導く」(direct)という意味です。真理や公義、まっすぐな道に「導く」というように使われます。礼拝用語として使われる場合には、(足で)「踏む」、「踏み行く」という意味になります(詩篇119:35)。特に、申命記やヨシュア記では、神がすでに与えた地を、信仰を持って「足で踏む」ことが求められています。(申命記1:36/11:24,25、ヨシュア記1:3/14:9)。
  • 他の意味としては、「弓を張る」、「矢を放つ」という意味で用いられます(詩篇7:12/11:2/58:7/64:3)、また敵に対しては「踏みつける」(詩篇91:13)という意味もあります。
  • 詩篇119篇35節の「仰せの道を踏み行く」を、新共同訳では「あなたの戒めに従う道にお導きください。」と訳しています。新改訳ではダーラフדָּרַךְを礼拝用語として訳し、新共同訳では恩寵用語として訳しているわけです。「踏み行く」というイメージは、作者にとって、神がそこを踏むように導かれていると確信しているからであり、喜びをもたらす道だと知っているからです。ヨシュア記1:3に見られるような、「恩寵先行、信仰後続の論理」を思わせます。
  • ヨシュアとカレブは神が与えてくださった嗣業の地を、信仰をもって踏み行き、自分のものとしました。こうした信仰の歩みを詩篇119篇の作者はしようとしていることに感動を覚えます。神のトーラーに隠されたすばらしい教え、その真理の深さをもっと深く、より豊かに自分のものとしたいと願わされます。
  • 「主よ。私に、あなたの仰せの道を踏み行かせてください。」との祈りは、「私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。」(119:18)の祈りと相通じるものがあるように思います。

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