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空の墓の発見と確認

No.24. 空の墓の発見と確認

【聖書箇所】マタイ28:1~10、マルコ16: 1~8、ルカ24:1~12、ヨハネ20:1~10

画像の説明

1. 転がされた大きな石

  • マタイ福音書には他の福音書にはない記述があります。それは「地震」です。イエスが息を引き取られ時に、「地は揺れ動き、岩が裂けた」(27:51)、これは「地震」であると記しています(27:54)。また、イエスの復活の出来事においても、「大きな地震」が起こって、封印されてあった大きな石が転がされたことを記しています(28:2)。岩が裂けるような揺れと大きな地震がイエスの十字架の死と復活に附随して起こっていることをマタイは記しているのですが、なぜか他の福音書には記されていません。これは大きな問いです。しかもマタイはそれが単なる自然現象としてではなく、天に起こった出来事が地上に現わされた出来事と関連づけているように思います。
  • 地震について、イエスは終末に必ず起こる現象として語っています。このことについて共観福音書がみな同じく記しています。それはさばきとしての地震であり、また「荒らす憎むべき者」(マタイ24:15、マルコ13:14)がエルサレムを包囲することで多くのユダヤ人が殺されますが、地震によって脱出の道も開かれて救われるユダヤ人もいるのです。
  • 使徒の働きの16章にも福音がヨーロッパに広がって行くその転換点となるところで、大地震が起こり、使徒パウロたちを経済的に支援する唯一の教会―ピリピの教会―が誕生しています。これも単なる自然現象ということではなく、神の救出のみわざのしるしとしての地震であることが分かります。

2. 空の墓を確認した女たち

  • 今回のように、封印された大きな墓石が転がしたのも、主の使いが天から降りて来て、石を転がしたためであることをマタイは記していますが、それは週のはじめにイエスを正式に葬るためにやって来た女性たちに墓が空であることを発見させるためでした。「墓の中に入った」と記しているのはマルコのみです。彼女たちは御使いからイエスがよみがえられたことを知らされただけでなく、他の弟子たちにも知らせるように言われました。
  • 御使いたちからイエスのよみがえりのことを聞いた女性たちの中には、恐ろしさのあまり、口を閉ざしてしまった者もいたようです。

3. 空の墓を確認してはじめて復活を信じたペテロとヨハネ

  • 女性たちからイエスがよみがえられた知らせを聞いた弟子たちはたわごとと思い、信じませんでした。しかし使徒ペテロとヨハネだけは急いで(走って)墓へ行き、そのことを確認したのでした。ペテロもヨハネも、そのときまで、「イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を理解していなかった」のです(ヨハネ20:8~9)。
  • イエスは何度も、自分はエルサレムで多くの苦しみを受け、捨てられ(引き渡され)、殺されるとの受難告知をしておられましたが、同時に「三日目によみがえる」ことも語っておられました(ルカ9:22、18:32)。そして、イエスの言われたように「苦しみを受け、捨てられ、殺される」ということが実際に起こったにもかかわらず、「三日目によみがえる」というイエスのことばを、使徒ペテロをはじめ、多くの弟子たちはそのまま信じることができませんでした。
  • イエスの生涯における処女降誕、そして復活の事実は私たちの理性には「つまずきの石」です。多くの者たちは理性や経験が邪魔をして、イエスのことばをそのまま信じることができないのです。これは神が置かれた「つまずきの石」です。この「つまずきの石」につまずかない者は幸いです。神のいのちの世界はこのつまずきの向こう側にあるからです。
  • 「つまずきの石」は神によって与えられた信仰によってのみ転がされます。神が地震によって封印された石を転がされたのは、神がこの「つまずきの石」を信仰によってころがすことを示唆する出来事かもしれません。私たちが今こうして、イエスの処女降誕生も復活も信じられるのは、信仰のゆえです。そしてこの信仰すらも神から与えられたものなのです。イエスのことをあかしし、福音宣教の働きに携わりながら、ますますその感を深めさせられます。信仰そのものが神のわざ(奇蹟)なのです。

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