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詩3篇の修辞(1)

詩3篇の修辞(1) 「盾」


  • 詩3篇の4節にある「あなたは私の回りを囲む盾」という比喩(暗喩)を取り上げます。この節については、すでに瞑想Ps3/Aで取り上げて瞑想していますので、そちらを参照にこと。
  • ここでは、「あなたは・・私の盾」という信仰告白(※脚注)に、「盾」という比喩が用いられており、これは「神への信頼を表現するメタファー」の一つであるということです。この信仰告白についても、瞑想Ps7/Bを参照。
  • 「神への信頼を表わす比喩」には実に様々な暗喩が用いられています。たとえば、詩篇2:12にある「幸いなことよ。すべて主に身を避ける人は。」の「身を避ける」(ハーサー)は、文字通りの意味で「避難する」ことを意味しますが、より頻繁には、精神的(霊的)な避け所を求めて、神を信頼する比喩的な意味で使用されます。特に、この動詞は詩篇の特愛用語です。

「ハーサー」חָסָה Ps2の礼拝用語参照
OT 37回、Ps 25回。take refuge in (~に身を避ける)


  • 2:12 「幸いなことよ。すべて主に身を避ける人は。」
  • 5:11 「こうして、あなたに身を避ける者がみな喜び、」
  • 7:1  「私の神、主よ。私はあなたのもとに身を避けました。」
  • 16:1 「私は、あなたに身を避けます。」
  • 17:7 「立ち向かう者から身を避けて右の手に来る者を救う方。」
  • 18:2 「主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。
    わが盾、わが救いの角、わがやぐら。」
  • 18:30「主はすべて彼に身を避ける者の盾。」
  • 25:20「私はあなたに身を避けています。」
  • 31:1 「主よ。私はあなたに身を避けています。」
  • 31:19「あなたのいつくしみは、なんと大きいことでしょう。あなたはそれを・・あなたに身を避ける者にために・・備えられました。」
  • 34:8 「幸いなことよ。彼に身を避ける人は。」
  • 36:7 「人の子らは御翼の陰に身を避けます。」
  • 37:40「主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。・・彼らが主に身を避けるからだ。」
  • 57:1 「私をあわれんでください。私のたましいはあなたに身を避けていますから。」
  • 57:1 「私は御翼に陰に身を避けます。」
  • 61:4 「私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、御翼の陰に、身を避けたいのです。」
  • 71:1 「主よ。私はあなたに身を避けています。私が決して恥を見ないようにして・・」
  • 91:4 「主は、ご自分の羽であなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。」
  • 118:8「主に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。」
  • 118:9「主に身を避けることは、君主たちに信頼するよりもよい。」
  • 141:8 「わたしはあなたに身を避けます。私を放り出さないでください。」
  • 144:2 「主は私の恵み、私のとりで 、私を救う方。私の盾、私の身を避け(る)所。」
  • 「ハーサー」の名詞「マハセー」(避け所)も同じく詩篇の特愛用語です。

「マハセー」 מַחֲסֶה
OT 20回、Ps 12回。refuge, shelter
「避け所」(新改訳、関根訳、口語訳)、「避けどころ」(新共同訳)、「逃れ場」(岩波訳)、「のがれる岩」(典礼訳)、「のがれ場」(フランシスコ会訳)


  • 14:6 「しかし、主が彼の避け所である。」
  • 46:1 「神はわれらの避け所、また力。」
  • 61:3 「まことに、あなたは私の避け所、敵に対して強いやぐらです。」
  • 62:7 「私の力の岩と避け所は、神のうちにある。」
  • 62:8 「神は、われらの避け所である。」
  • 71:7 「あなたが、私の力強い避け所だからです。」
  • 73:28「私は、神なる主を私の避け所とし、・・・」
  • 91:2 「私の信頼するわが神」
  • 91:9 「それはあなたが私の避け所である主を、いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。」
  • 94:22「しかし主は、わがとりでとなり、わが神は、わが避け所の岩となられました。」
  • 104:18「岩は岩だぬきの隠れ場。」
  • 142:5「あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」
  • 「避け所」という比喩は、「盾(大盾)」、「とりで」、「やぐら」、「岩(巌)」、「陰」、「隠れ場」と同じく、「信頼を表す暗喩(metaphor)」として分類することが出来ます。
  • 最後に登場した「隠れ場」と訳された「セーテル」סֵתֶר(seter)は、動詞サーッタルの名詞形です。「隠れ場」とは、なにものによっても決して妨害されることのない、神との親密な交わりを持つところです。神の臨在の場、神の栄光を経験できる場所ということができます。モーセもダビデも、そしてエリヤやイエスも、また使徒パウロもみなこの「隠れ場」を持っていました。いや、「隠れ場」のみで生きていたと言えます。「隠れ場」の外側は、自分の力に頼って生きる場であり、私たちはしばしば失敗をし、過ちを犯してしまう場です。
  • 神のシークレット・プレイス(secret place)に住む者は、全能者の「御翼の陰」に宿ります。そこは主が支え、生かし、救ってくださる場所です。完全なセキュリティーによって保護された場所であるばかりではなく、そこは主とともに過ごす、静かな時間の流れる場所なのです。多くの人はこの「隠れ場」の存在を知りません。


※脚注

  • 「神は(主は)、私の(わが)・・・」という信仰告白の表現形式では、メタファー(暗喩)が多く使われています。


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