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2.神の民とその再建の現実

歴史書(2)」の目次

1. 歴代誌、エズラ記、ネヘミヤ記の主題は、神の民の再建である。

―旧約聖書の歴史書の結論

  • エステル記を除く、旧約聖書の歴史書の三書である歴代誌(第一、第二)、エズラ記、ネヘミヤ記に共通する主題は、神の民の再建である。



2. 神の民、その再建の現実

(1) 何が再建されるべきか

  • 捕囚からの帰還による再建という場合、目に見える具体的なものとして、二つのものが再建されたことは紛れもない事実である。そのひとつは<神殿の再建>、もうひとつは<城壁の再建>がそれである。この二つが捕囚から帰還したイスラエルの民の偉大な事業だったことはいうまでもない。しかもそれは多くの困難や妨害と戦いつつ成し遂げられた事業であって、神の恵みにより、信仰によって勝ち取られたものであることは議論の余地がない。しかし、目に見えるものは一時的であり、見えないものこそ永続するのである(Ⅱコリント4:18)。
  • 神が望まれ、当時の指導者たちが目指していたものは、「見えないもの」の方の再建であり、見えるものの再建はそのひとつの表現にすぎなかった。イスラエルの場合、再建されるべきものは、<神の民としての信仰的姿勢>である。この再建なくして、単なる物質的建造物の再建で終わったならば、捕囚からの帰還という神の恵みが無駄になってしまう。捕囚からの帰還という神の賜物とともに、イスラエルにとって、<神の民としての信仰的姿勢の再建>(聖なる神の民としての再建)という重大な課題が与えられたことを見落としてはならない。
  • 歴代誌の著者はその課題を明確にした。すなわち、イスラエルの民が、礼拝の民としてのアイデンティティを確立させるため、契約の箱をシオンに安置し、神殿建設を準備したダビデと、それを実際に建設したソロモンの偉業を想起させ、礼拝の重要性を再認識させようとしたことはすでに述べた。
  • そこで目指されているのは、詩篇100篇にもあるように、神の民が心からの感謝と賛美をもって主の御前に近づくこと、喜びをもって主に仕えること、そして主こそ神であることを知ることであった。これこそがいつくしみと恵みと真実に満ちた神との関わりにおいて、最もふさわしいことであり、霊とまことをもって礼拝する礼拝の民の信仰的姿勢と言える。

(2) 何が再建されたか

  • 捕囚という苦難の炉を通過したことにより、イスラエルは確かに偶像と絶縁した。そして、神殿再建という事業において、途中に妨害があって中断もしたが、神のことばによって奮い立って工事を再開し、完成に至ったことは、みことばに対する信頼、服従、献身という姿勢が確かにされたと言えよう。この点は城壁再建についても同じことが言える。すなわち、見えるものの再建を通して、それとならんで、見えないものの方の再建もなされていったわけである。
  • また、神殿再建工事が中断していた際に、預言者ハガイによって、神の宮をおろそかにして自分たちの生活を第一としている姿勢を指摘され、叱責されたことの結果、民が悔い改めたということ(ハガイ書1:1~15)は、彼らの中に何が再建されるべきであったかという問題の所在を明らかにする。このような経過をたどって、二つの再建事業は完成した。それに伴って、<神の民の信仰的姿勢の再建>は完成しただろうか。否 ! である。見えるものの再建は(帰還民にとってその事業は絶大な困難を伴ったには違いないが)見えないものの再建に比べるならば比較的容易であった。
  • もし、後者の再建が成功したならば、その後の歴史はもっと光栄あるものとなったはずである。そうはならなかったゆえに、神殿と城壁の再建以来、イスラエルの歴史は夕闇の中を低迷する。神殿が完成した後のイスラエルの精神的状況をまとめて描き出すのはマラキ書である。そこに見る神の民の姿はまことに情けない。彼らは神の愛を疑い(1:2)、神への敬愛の念を失い(1:6)、余り物、クズのような犠牲動物をささげて平然とし(1:13)、ふてくされていた。マラキ書を読めば、このときの民の信仰状態は最低であったことが分かる。なぜそうなってしまったのか?
  • その理由は明らかである。彼らがハガイとゼカリヤの叱咤激励によって奮い立って神殿工事を再開したとき、それは多くの犠牲と困難を乗り越えてのまことに献身的な事業であった。そのとき、彼らの心の中に描いていたものは、これが出来上がることによって、彼らの神第一の姿勢があらわされ、その忠誠心が証明されたあかつきには、神はそれに報いて、昔の日のように、彼らの国にダビデの時代の栄光を回復してくださるであろうという期待感(希望)であった。
  • 捕囚帰還後のイスラエル人の居住区は実に狭小であり、周囲の諸民族から圧迫され、貧しかった。現実が惨めなだけに、希望は切実だった。奇蹟的な神の介入によってイスラエルが強大となり、周囲の諸国を征服し、神殿はソロモン時代を上回る華麗なものとして改修され、そこに人々は集まってこのような報いをくださった神をほめたたえるという夢が人々の心を燃やした。ところが、神殿ができても、事態は一向に良くならなかった。ユダヤ人たちの支配者はペルシャからギリシアに替わり、次はローマヘと替わって行く。マラキ書が書かれた背景には、神殿完成をあれだけ犠牲を払って行なったのに自分たちの現実は相変わらず惨めだという反動があつたのは確かである。
  • 捕囚期以後の預言者たち、ゼルバベル、エズラ、ネヘミヤなどの人々の奮闘にもかかわらず、見えないものの再建ははかばかしくなかった。帰還後のイスラエルの一般的な人々の信仰姿勢は、どちらというと、律法主義的傾向へと傾斜していった。やがて新約時代を迎える頃には、この律法主義的傾向はパリサイ人によって代表される。そして、この律法主義こそが主イエス・キリストを十字架につけた元凶となったのである。

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