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イエスがキリストであることを証明するサウロ

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13. イエスがキリストであることを証明するサウロ

【聖書箇所】 9章20節~30節

ベレーシート

  • 教会が始まった頃のイエスの弟子たちは、「この道の者」、あるいは、「イエスの御名を呼ぶ者たち」と聖書は表現しています。当時のユダヤ人たちからは異端と考えられていました。ところが「この道の者」を迫害していたサウロが、今度は一転して迫害される立場に置かれます。その変わりようは尋常ではありません。サウロはイエスが神の子であること、またイエスがキリストであることを証明して、ユダヤ人たちをうろたえさせるほどの影響力のある存在となってしまいました。そんなサウロにまなざしを向けながら、彼の生涯の変化の特質を見てみたいと思います。

1. ますます力を強められ続けるサウロ

使徒  9:22
しかしサウロはますます力を増し(未完了受)、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせた。

  • 「力を増す」と訳された動詞は「エンドュナモー」ένδυναμόω。新約聖書では7回の使用頻度で、「強める、力を与える」という意味です。英語では to strengthen. ヘブル語では「ハーザク」חָזַקです。
  • 他の箇所の用法としては以下の通りです。

    ロマ 4:20
    彼(アブラハム)は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって(アオ受)、神に栄光を帰し、
    エペソ 6:10
    終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい(命現受)。
    ピリピ 4:13
    私は、私を強くしてくださる(分現能)方によって、どんなことでもできるのです。
    Ⅰテモ 1:12 私は、私を強くしてくださる(分アオ能)私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。なぜなら、キリストは、私をこの務めに任命して、私を忠実な者と認めてくださったからです。
    Ⅱテモ 2:1
    そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。(命現受)
    Ⅱテモ 4:17 しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました(アオ能)。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。私は獅子の口から助け出されました。

  • ここで目につくことは、主語がサウロになっている箇所はすべて受動態です。彼は力を与えられてますます強くなっていったことをイメージさせます。サウロには、他の使徒にはない、特別な上からの力が与えられていました。その力とは「証明する力」「論証する力」です。
  • 22節には「イエスがキリストであることを証明して」とあります。ダマスコのユダヤ人たちをうろたえさせるほどの「論証する力」がサウロに与えられ続けました。この動詞の原語はギリシア語の「スンビバゾーσυμβιβάζω。以下のような意味合いがあります。

    (1) 組み合わす、結び合わす(エペソ4:16、コロサイ2:2、コロサイ2:19)
    (2) 比較する、比較して結論を出す、確信する(使徒16:10) concluding
    (3) 論証する、調べて結論を出す(使徒9:22) to demonstrate
    (4) 教える、指図する(使徒19:33 、Ⅰコリント2:16) to teach, instruct

  • この力は、イエスのことばや行為のすべてが聖書と何らかのかかわりをもっていることを、比較し、結び合わせ、論証して、確信を引き出す特別な能力です。この能力によって、イエスがキリストであることを聖書から確信したのです。またこの力は真理の面のみならず、神の導きにおいても働く能力です。例えば使徒16章には、伝道のために教会から祝福されて遣わされたこと、しかし自分たちが計画した方向が二度にわたって聖霊に禁じられたこと、八方塞りの中で祈ったこと、そして幻を見たこと、自分に与えられた召命など。こうした事柄を総合し、結び合わせて、マケドニヤに渡っていくことが神のみこころであるとサウロは「確信した」とあります。

2.  新生したサウロの隠された期間

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  • ところで、サウロが新生してから、間もなく、イエスが神の子であること、イエスがキリストであることを証明する力を現わしましたが、サウロが後に記したいくつかの書簡には、新生した後に彼がアラビヤに行ったことが分かります。イエスを信じる者となった今、彼はぬけぬけとエルサレムに戻ることはできなかったはずです。ガラテヤ人への手紙1章16, 17節には次のように記されています。

    生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、
    1:16 異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、
    1:17 先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。

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  • 「多くの日数がたって後」(使徒9:23)、サウロ殺害の陰謀が起こりました。Ⅱコリント11:32~33には、「ダマスコではアレタ王の代官が、私を捕えようとしてダマスコの町を監視しました。そのとき私は、城壁の窓からかごでつり降ろされ、彼の手をのがれました」とあります。この箇所が使徒の働き9章23~25節と符合します。なにゆえに、アレタ王がパウロを捕えようとしたのか、それについては何ら記されていませんが、その陰謀からサウロは守られました。
  • アレタ王とはナバテヤ王国のアレタ4世(前9年~紀元40年)のことのようです。パウロのアラビヤ行き(ガラテヤ1:17)も、五旬節にエルサレムに来ていた人々の中の「アラビヤ人」(使徒2:11)も、現代のサウジアラビヤではなく、ナバテヤ王国の領域とその住民を指しています。
  • ダマスコでの陰謀からのがれたサウロはエルサレムに行き、そのあと、カイザリヤを通って、生まれ故郷のタルソへと行きます。そしてそこで、バルナバニによって再度、世界宣教のために引き出されるまでの10余年間、そこにいわば隠遁生活を過ごしたようです。パウロの性格を考える時、彼は多くの敵を作ってしまうタイプのようです。しかし、不思議と彼をサポートする弟子たちに恵まれ、本格的な使命を果たすように整えられて行ったのです。彼の10余年間の隠遁生活は次の働きのための十全な備えの期間であったようです。

2013.3.21


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