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エレミヤの独身生活は一つの象徴的行為

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19. エレミヤの独身生活は一つの象徴的行為

【聖書箇所】 16章1節~21節

ベレーシート

  • エレミヤ書16章には、神の明確な救済のパターンを見ることができます。それは完全に破壊して、そこから新しいものを建て上げることであり、そのパターンが次第に神のご計画において積み重なっていくことを予感させます。

1. 生涯独身であることを命じられたエレミヤ

画像の説明


「ヴァイェヒー・デヴァル・アドナイ」は「主のことばがあった」「主のことはが臨んだ」という意味で、それは神の不可抗力的な出来事を意味します。エレミヤの召命も同様です。ここの16章1節は、エレミヤに対して主が生涯独身であることを命じることばが臨んだのです。「あなたは妻をめとるな。またこのところで、息子や娘を持つな」と。この命令は、ユダの民とエレサレムに対する愛の破局を意味しています。

  • 預言者の生涯そのものが、神の預言的メッセージとなっているのです。同じ預言者によっても、それぞれメッセージが異なります。たとえば、
    (1) イザヤの場合、彼の妻も預言者であったようです(イザヤ8:3)が、彼らの子ども名前は「マヘル・シャラン・ハシュ・バズ」(神からの命名)です。その意味は「速やかな分捕り物」で、北イスラエル、およびアラムがアッシリヤによって分捕り物が持ち去られることを意味していました。
    (2) ホセアの場合は、妻のゴメルの不貞にもかかわらず、その妻を取り戻して再び娶れという、いわば律法違反を越えた行為によって、神のありえない愛を表す象徴的行為を命じられました。
    (3) エゼキエルの場合、妻の死の痛みを通して、神はイスラエルの罪にもかかわらず、再び、新しい結婚の契約を立てるという愛の存続のしるしとなっています。
  • これらの預言者の生涯のあり方がそのまま神の象徴的メッセージとなっています。特に、エレミヤの場合は他の預言者とは異なり、愛し合って生きるということを否定されることを余儀なくされた気の毒な預言者です。イエスも使徒パウロも独身でしたが、彼らにはそれなりの特別な働きがありました。独身の賜物も与えられていました。しかしエレミヤの場合は独身の賜物が与えられていたわけではありません。それがないにもかかわらず、独身で生きることを強制されたのです。神から引き離された神の民の苦難がエレミヤの独身が意味するしるしでした。

2. 神の再建に向けたパターン

(1) 徹底した破局(破壊)

  • エレミヤの召命の時にも語られたように、神の民の再建計画は徹底した破壊からの再建であり、これが神の常にかわらないパターンです。神によるリバイバルはだんだん良くなっていくというものではありません。むしろその反対で、事態はますます深刻に悪化の道を辿り、どん底においてご自身の力を現わされるというパターンです。それゆえ、エルサレムは完全な廃墟となり、すべての制度や組織は打ち壊され、すべてのかかわりの楽しみも喜びの声もかき消され、絶やされます。冠婚葬祭も無意味となるような事態が訪れます。なぜなら、主が「わたしは、この民から、わたしの平安(シャーローム)、いつくしみ(ヘゼド)と、あわれみ(ラハミーム)とを取り去った」と宣言しているからです(16:5)。これは終わりの日における反キリストによる大患難によって実現します。3年半の患難を通して、神の民は民族的な悔い改めへと導かれるのです。

(2) どん底からの驚くような回復(復興)

  • 民族的な回心によって、神は最終的な、しかも大規模な帰還を実現されます。今日のイスラエルに起こっていることではありません。

    【新改訳改訂第3版】
    16:14 それゆえ、見よ、その日が来る。──【主】の御告げ──その日にはもはや、『イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた【主】は生きておられる』とは言わないで、
    16:15 ただ『イスラエルの子らを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた【主】は生きておられる』と言うようになる。わたしは彼らの先祖に与えた彼らの土地に彼らを帰らせる。

  • 主が最終的に回復される時には、人の考えや思いも及ばないような規模での回復がなされます。そして、「絶やされた楽しみと喜びの声」が回復します。咎と罪が赦され、二倍の報いを受けます(16:18)。

【新改訳改訂第3版】
エレミヤ書 31章13節
そのとき、若い女は踊って楽しみ、若い男も年寄りも共に楽しむ。「わたしは彼らの悲しみを喜びに変え、彼らの憂いを慰め、楽しませる。」

エレミヤ書33章9~11節
09 この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。」
10 【主】はこう仰せられる。「あなたがたが、『人間も家畜もいなくて廃墟となった』と言っているこの所、人間も住民も家畜もいなくて荒れすたれたユダの町々とエルサレムのちまたで、
11 楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、『万軍の【主】に感謝せよ。【主】はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで』と言って、【主】の宮に感謝のいけにえを携えて来る人たちの声が再び聞こえる。それは、わたしがこの国の繁栄を元どおりにし、初めのようにするからだ」と【主】は仰せられる。


3. 主を知ることによって、諸国民が立ち帰る

主の回復のみわざの目的は「主を知る」ことにあります。16章21節には、「知る」(「ヤーダ」יָדַע)という動詞が三度も使われて、そのことが強調されています。

【新改訳改訂第3版】エレミヤ書 16章21節

だから、見よ、わたしは彼らに知らせる
今度こそ彼らに、わたしの手と、わたしの力を知らせる
彼らは、わたしの名が【主】であることを知る

  • 神の民が主を知ることによって、諸国民(異邦人)は地の果てからやって来て、自分たちの信じていた神はまったくの偽りで、何の役にも立たないむなしい(ヘヴェル)ものだったと告白する時が来ると預言されています(16:19~20)。

2013.2.16


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