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クリスマスの脇役たち(2)「東方の博士たち」

8. クリスマスの脇役たち(2) 「東方から来た博士たち」

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はじめに

  • 東方の博士たちは、羊飼いたちとは対極に位置する存在です。彼らは、ヘロデの宮殿に入ることを許可され、御子イエスと会う許可を得ることになんら妨げはありませんでした。羊飼いは無一文でしたが、東方の博士たちは長旅をするだけの経済力を持ち、目的地では幼子イエスに「黄金、乳香、没薬」をささげることのできた人たちでした。彼らは当時の占星術、あるいは天文学の能力を持ち、メシアの星が現われたときにも、それがどんな意味を持つかを探ろうとした知識階級の人たちでもありました。マタイは、こうした社会の対極的な立場に立つ者をここに描くことによって、御子の存在が貧しい者にも富んだ者にも、知識のある者にも無学な者にも等しく意味のある存在であることを示そうとしたのでしょうか。確かに、そのこともあると思います。しかし、その彼らが「東方」からはるばるやって来たというところに、私はマタイがこの出来事を記した意図があるように思うのです。

1. 東の方から

  • 彼らは「東方の博士たち」であり、「東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」と述べています(マタイ2:2)。彼らは「東」から来たということで、ここでは具体的な場所は示されていません。「東」が単なる地理的方角を意味するだけのことか、あるいは、「東」ということばが聖書の中でなにかしら深い意味を持つことばなのか、それを思いめぐらしてみたいと思います。
  • ジャック・エリュールの「都市の意味」(田辺保訳、すぐ書房、1976年)という本の中に、彼は「東」についてこう記しています(35頁)。

    「東とは、聖書では、明確な意味をもっている。それは同時に、人間が「永遠」にかかわる企てにおいて、とる道であり、また、神の招きに応じて、たどる道でもある。この二つの広い道は、平行しており、多様な人間の在り方の関係を示している。バベルの塔を築こうとした人たちは、東からやってきた。歴史上、選民イスラエルを打ち破り、荒らしまわった各民族もそうだった。ところがまた、アブラハムも、神が呼び出される人々と同じく東からやってくる。そして、モーセやレビ人らは、祭壇の東側に立つのである(レビ1:16)。そしてさいごに三人の王なる博士たちが、そのときが来て東の方からやってくるのである(マタイ2章)。この古よりの歴史上の一連のつらなりこそは、まさしく人間が待ち望んできたすべてを一挙に成就する、東方より来るさいごのものの預言であった。カインがこうして、象徴的なこの東方に居を定めてより、人間はそれを待ち望んできたのである。」

  • この文章には、アダムの子カインが自分の弟のアベルを殺した後で、神の御顔を逃れて、エデンの東、ノドの地に住んだという背景が前提にあります。ノドの国とは実際には存在しません。しかし、ヘブライ語の字義どおりの意味では、ノドは「流浪の地」という意味です。つまり、カインはどこかに落ち着き、居住することを願うのですが、それがかなえられずにたださまよい続けている。安らかさを見出したいという願いを持ちつつ、自分の居場所をたえず尋ね求め続けて、そのような生き方を意味するのが、「ノドの地(放浪の地)に住む」ということなのです。
  • このような視点でみると、「イエスが、・・ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来た」(2:1)のはとても深い意味があると思います。私たちはしばしば「博士たち」と彼らが導かれた「星」や「ささげた物」に注目してしまいがちですが、ここでは「流浪の地から」、すなわち「東の方から」やって来たというところに私は焦点を当てたいのです。
  • カインの住んだ「放浪の地」は、神に呪われた地でもあります。エリュールは、「自分を守るために町を建てる者は、カインの子であり、その意志を受け継ぐ者である」(前掲書、50頁)と述べています。その最初の有力者は「ニムロデ」です(創世記10:8)。彼はハムの子孫で地上で最初の権力者となったと聖書は記しています。ハムに下された呪いはこうです。「のろわれよ。カナン(ハムの子)。兄弟たちのしもべとなれ。」(創世記9:25)と。しもべとなるようにとの宣告を受けたからこそ、ハムとその子孫は権力ある者となろうとしたのかもしれません。神の呪いに対する人間の応答は、いつの時代でも権力を得ようとすることに現われます。人間の権力は神にそむくその心のかたくなさから生じる実です。
  • 地上で最初の権力者となったニムロデは大いなる建設者です。「彼の王国の初めは、バベル、エレク・・であって、みな、シヌアルの地にあった。その地から彼は・・・に進出し、・・・レセンを建てた。それは大きな町であった。」(創世記10:10~12)。シヌアルとは掠奪と破壊の地であり、ニムロデの支配のはじまりの場所です。彼は権力を打ち立てようとするにあたって、掠奪をほしいままにし、次々と町(都市)を建てていきます。権力意識、征服と都市の建設の切り離せない関係。ここに神に背いて立つ権力意識のあらわれを見ることが出来ます。
  • 創世記14章には、シヌアルの王を中心にして、諸王の連盟が結成され、やがて他の国々の王たちに勝って、ロトを奪い去りますが、アブラハムがシヌアルの王を打ち破ってロトを救出します。そしてサレムの王メルキゼデクがアブラハムを祝福しに来ます。つまり、メルキゼデクはシヌアルの王とは反対の位置にある「平和の王、義の王」なのです。
  • マタイは、東方から来た博士たちが、最初に訪れたのは、ユダヤの王ヘロデのいる宮殿でした。このことはとても意味深く思います。ヘロデは彼らに「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」(マタイ2:8) これは全くの偽りであり、ヘロデのずるがしこい策略でした。ヘロデはただちに祭司長や学者たちを集めて、キリストがどこに生まれるかを問いただしました。すると彼らはミカ書から「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2)と答えました。キリストの誕生を知ったヘロデが自分の王位が脅かされることを知って、ベツレヘムとその近辺の2歳以下の男の子をひとり残さず殺害したことは聖書が伝えるところです。
  • 旧約の歴史において、御子イエスの到来までは、イスラエルを脅かす者たちは、常に「東」からやって来ました。アッシリアもバビロンも然りです。しかしヘロデの場合、自分の王の座を脅かす知らせをもってきたのは東方からやって来た博士たちであったとは皮肉なことです。

2. 王としての権威と富と知恵なる御子イエスへの礼拝

  • 東方からやって来た博士たちは、星によって幼子イエスのもとに導かれ、王位の象徴である「黄金」を幼子イエスにささげました。また「乳香」は御子イエスの生涯の純粋さを象徴するものです。そして「没薬」は死んだ人を葬る時に使うものですが、御子イエスの苦難の生涯を象徴するにふさわしいものでした。東方の博士たちは、御子イエスに最もふさわしい贈り物をたずさえて来て、それをささげたのです。
  • 東の方、すなわち「ノドの地」(放浪の地)に住む人々を代表する博士たちが、この幼子イエスにあって、はじめて安住の地を見出すことができたと言えます。彼らは、神に呪われたがゆえに、権力的支配を求めようとする輩の地からやって来て、礼拝すべき真の支配者、権威と富と知恵に満ちた真の王を、メルキゼデクに等しい方を幼子イエスのうちに見たのです。


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