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ハヌカの祭りとイェシュア

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1. ハヌカの祭りとイェシュア

【聖書箇所】ヨハネの福音書10章22~30節

ベレーシート

  • 2015年12月7日(月)~14日(月)の八日間を「光の祭典」として、集中した瞑想を試みたいと思います。この瞑想の主旨はこの祭典が持っている聖書的メッセージです。この祭典は時期としてはクリスマスと同じ時期ですが、その内容はキリスト教会がアドヴェントと称してクリスマスを迎えるものとは異なります。
  • ユダヤ暦の第9月(太陽暦では11~12月に相当します)の「キスレーヴ」(כִּסְלֵו)の25日からその次の月の「テヴェット」(טֵבֵת)の2日にかけての八日間、ユダヤ教では「ハヌカ」の祭りを祝います。この祭りは年によって日付が変わります。ちなみに来年の2016年は、12月25日~2017年1月1日の八日間がハヌカの祭り。
  • 「ユダヤ戦記」を記したユダヤ人の歴史家ヨセフスは各家庭の門の前に置かれる蝋燭の光の光景を見て、この祭りを「光の祭典」と名づけたようです。この瞑想はこの「ハヌカの祭り」と関連しています。「ハヌカ」の祭りは、旧約聖書に記されている「主の例祭」には含まれていません。なぜなら、この祭りは旧約聖書がまとめられた後に起った、マラキからイェシュアまでの「中間時代」と呼ばれる時期に実際に起った歴史的出来事に由来するものだからです。歴史的な背景の詳しい事は順次取り上げていくことになりますが、最初の焦点は「ハヌカの祭り」とイェシュアとの関係についてです。新約聖書のヨハネの福音書10章22節に、この祭りのことが記されています。

【新改訳改訂第3版】ヨハネの福音書10章22~31節
22 そのころ、エルサレムで、宮きよめの祭りがあった。
23 時は冬であった。イエスは、宮の中で、ソロモンの廊を歩いておられた。
24 それでユダヤ人たちは、イエスを取り囲んで言った。「あなたは、いつまで私たちに気をもませるのですか。もしあなたがキリストなら、はっきりとそう言ってください。」
25 イエスは彼らに答えられた。「わたしは話しました。しかし、あなたがたは信じないのです。わたしが父の御名によって行うわざが、わたしについて証言しています。
26 しかし、あなたがたは信じません。それは、あなたがたがわたしの羊に属していないからです。
27 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。
28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。
29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。
30 わたしと父とは一つです。」
31 ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、また石を取り上げた。


1. 「ハヌカの祭り」の名称

  • 「ハヌカの祭り」には多くの別名があります。ヨハネの福音書10章22~23節には、「そのころ、エルサレムで、宮きよめの祭りがあった。時は冬であった。イエスは、宮の中で、ソロモンの廊を歩いておられた。」とあります。新改訳は「ハヌカの祭り」のことを「宮きよめの祭り」と訳していますが、新共同訳は「神殿奉献記念祭」と訳しています。こちらの訳の方がこの祭りの内容をよく表わしていますが、正確を期すならば、「神殿再奉献記念」とすべきです。「再」という文字が「宮きよめ」とつながるからです。ギリシア語原文では「エグカイニア」(ἐγκαίνια)となっており、それは「新たに」というニュアンスを含んだ「宮きよめ、再奉献」という意味です。冬の時期のこの祭りのために、イェシュアがエルサレムに行かれたことで、この祭りが重要な祭りであることをうかがわせます。
  • 24節以降には、そのときのイェシュアとユダヤ人とのやり取りが記されており、ユダヤ人たちはイェシュアがメシアかどうかを再確認しようとしています。イェシュアはそれに対して、これまで何度も言葉と行為(奇蹟)を通して自分がメシアであることをあかししているのに、彼らは信じようとしないこと。それゆえ、彼らはイェシュアの群れには属していないことを逆に突きつけています。そのことのゆえに、イェシュアに対する殺意が明らかになってくるというコンテキストの中に「宮きよめ」の祭りのことが触れられているのです。これは決して無関係なことではなく、何らかのメッセージをヨハネは伝えようとしているはずです。今回の「ハヌカの祭り」の瞑想の試みは、実は、イェシュアと主の神殿である私たちとのかかわりを再確認するところにその目的があります。
  • 「ハヌカ」の原語情報について、「ハヌカ―」(「ハヌッカー」חֲנֻכָּה)は「ハーナフ」(חָנַךְ)の名詞で、旧約では「奉献」という意味で12回使われています。動詞の「ハーナフ」(חָנַךְ)は神殿のみならず、祭壇、新しい家、そして自分の子を主にささげることを意味します(申命記20:5/Ⅰ列王記8:63/Ⅱ歴代誌7:5/箴言22:6)。新しい家とは新しい主にある家庭の意味であり、子を主にささげるということは子を主の道を歩むべくふさわしく教育(訓練)することを意味します。まさに、「ハヌカ」の奉献の儀は、神の主権的支配に対する信仰的献身の表明と言えます。
  • 「ハヌカの祭り」にはこうした信仰的献身の表明が含まれているにもかかわらず、イェシュアがこの世に来られた時代の神殿は、祭司長を初めとする指導者たちが神のトーラーの道から外れて、人間の教え(解釈)と制度化した宗教の中で安逸をむさぼっていました。それゆえ、「ハヌカ」の改革的・献身的精神はイェシュアの時代のみならず、いつの時代にも必要とされるものなのです。この改革的・献身的精神が発動される背景には必ずと言ってよいほど、指導者たちの霊的堕落があるのです。

2. 「ハヌカの祭り」の聖書における啓示

  • ヨハネの福音書以外にも、この「ハヌカの祭り」に関連する箇所が聖書の中にあります。ひとつは旧約聖書のダニエル書(11章)、もう一つは新約聖書のマタイの福音書24章15~19節、マルコの福音書13章13~17節の内容がそうです。

【新改訳改訂第3版】マタイの福音書24章15~19節
15 それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)
16 そのときは、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。
17 屋上にいる者は家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。
18 畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。
19 だがその日、哀れなのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。

アンティオコス4世エピファネス
  • 「預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば」とあります。これは終わりの日に起こる反キリストによる大患難のことを預言していますが、この出来事の型が「ハヌカの祭り」の背景にあるのです。B.C.167年のキスレーヴの月の15日に、アンティオコス4世・エピファネスはエネサレム神殿の祭壇に『荒らす憎むべき者』を建てます。その2年後、すなわちB.C.167年のキスレーヴの月の25日に、ユダのマカベアが神殿を回復し、この日に「宮きよめ」の祭りが守られるようになったと言われているのです。
  • 神の啓示には「一般啓示」と「特別啓示」があります。「特別啓示」とは神の御子イェシュアによって啓示されたことを言いますが、「一般啓示」は、自然、歴史、人間の良心を通して啓示されているものです。今回は、そのうちで「歴史」の中に現わされた神の啓示を学ぶことができます。「歴史」に啓示されている事柄とは、イスラエルとかかわる歴史に限られます。特に、預言者マラキからイェシュア誕生までの「中間時代」と言われる歴史について学ぶ必要があります。なぜなら、今回の「ハヌカの祭り」はこの中間時代に起った出来事と大いに関連しているからです。また、この時代を知ることで、神のご計画における最終的な出来事を確信させてくれるのです。


2015.12.7


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