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パロとの交渉(3)

8. パロとの交渉(3)

【聖書箇所】 出エジプト記 9章~10章

はじめに

  • 「主を知るようになるため」の災害は続いていきます。しかもその激しさは次第に増していきます。今回は、第五~第九までの災害をチャートしてみました。

1. パロの心のかたくなさに対する神の災害

画像の説明

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  • 上のチャートに「新局面」とあるのは、ここからエジプトの歴史において前代未聞の災害が引き起こされるからです。いわば国家経済への破壊力がきわめて大きい天災です。パロのかたくなな心は少し弛みますが、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、パロは主の命令と警告をかたくなに拒絶し続けます。

2. 主は正しい方 (主のことばを恐れる者は災害を免れる)

  • 神は災害を臨ませるに当たって決まって警告を与えています。神は事前に警告し、最善の選択を促しているにもかかわらず、パロはそれを拒絶しています。興味深いことに、パロの家臣のうちで主のことばを恐れた者は、しもべたちと家畜を家に避難させ、雹による災害を免れたことが9章20節に記されています。とすれば、悪いのは、主のことばを恐れなかった者ということになります。高ぶりのゆえに主を恐れることのない者は自らさばきを招くということです。
  • 使徒パウロはローマ人への手紙1章で、神の存在を知っていながら神をあがめず、感謝もしない者に対して、神は彼らをその心の欲望のままに汚れに「引き渡された」(24節)とあります。「引き渡された」とは「パラディドーミ」παραδιδωμιで、「まかせる」という意味です。特に、敵の手や裁判官に引き渡すことを意味します。その結果として、彼らは互いにそのからだをはずかしめるようになったとパウロは述べています。この「引き渡された」ということばは、他にも2回、26節と28節でも述べられています。
  • これは、神が人間の自由意志によって自ら良い選択をするように任せているという前提があるからです。もし良いものを選び取ることがなければ、あるいは、神を恐れて神のことばを聞こうとしなければ、神は彼らが抱く良くない思いに「引き渡され」てしまうということです。そのために、彼らはさらにしてはならないことをするようになっていくのです。神の「引き渡し」は、本来、人間に与えられている尊厳性のしるしである自由意志を尊重しているということの、いわば裏返しなのです。

2011.12.7


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