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ルツとボアズとの出会い

2. ルツとボアズの出会い

聖書箇所 2章1~23節

はじめに

画像の説明
  • べツレヘムに戻ったナオミとルツがいっしょに生きていくための唯一の道は、「落ち穂拾い」しかありませんでした。この「落ち穂拾い」は、貧しい人々(なんらかの理由で神から与えられた土地を失った人々、病気のためには働くことのできなくなった人々など)、寡婦、外国人、孤児のために神の律法が定めているところの福祉規定でした(レビ19:9~、23:9~、申命記24:19~参照)。つまり畑の収穫物をすべて刈り取ってはならず、その一部分を貧しい人々のために残しておかなければならないという規定でした。しかし現実には不親切な者たちもいたようです。

1. 「はからずも」の背後にある神の御手

  • ルツは生きて行くために「落ち穂拾い」をすることになりますが、彼女が行った畑は「はからずも」、ボアズの畑でした。この「はからずも」と訳された「ミクレー」(מִקְרֶה)は、旧約聖書では10回使われています。うち、ルツ記ではここ2:3のみですが、伝道者の書では7回使われており、すべてのことが神の御手の中にあることと関連して用いられています。ルツ記では「はからずも」(新改訳、関根訳)、「臨むところ」(口語訳)、「たまたま」(新共同訳)、「なんと」(L.B)と訳されています。偶然に、なんとも思わず、想定外のこととして、ルツはボアズの畑に入りました。人間的視点に立てば、確かに、偶発性の出来事、予期し得ないこととして説明されますが、その背後には神の見えない御手があることを含んだことば、神の主権性と神の先取性を表わすことば、これが「ミクレー」(מִקְרֶהという名詞です。

2. ボアズの親切に対するルツの驚き

  • ルツは「落ち穂拾い」をする畑で、自分に、ことのほか親切にしてくれるボアズと出会います。彼女はボアズの親切に驚き当惑して、10節でこう言います。

【新改訳】「私が外国人であることを知りながら、どうして親切にしてくださるのですか。」

【関根訳】「何故こんなわたしにあなたはお眼をとめて、恵みを施して下さるのでしょう。わたしは外国の者に過ぎませんのに。」

【新共同訳】「よそ者のわたしにこれほど目をかけてくださるとは。厚意を示してくださるのは、なぜですか。」

【樋口訳】「あなたは、どうしてわたしによくしてくださるのですか。わたしが外国の女であるのに、わたしに目をおとめになって」

  • 「わたしに目(眼)をとめる」の「目をとめる」と訳されているヘブル語は「ナーハル」(נָכַר)で「認める、顧みる、注意する」といった意味です。ルツ記では他に2:19と3:14にも使われています。同情と特別の関心をもって見るということです。ルツにしてみれば、ボアズがなぜ外国の者である自分に特別な目で見、親切にしてくれるのかわからなかったのです。特別の好意を受けられるような近しい関係でもないのに、ボアズが親切にしてくれるのを知って、13節で「ご主人様(アドナイ)。私はあなたのご好意にあずかりとう存じます。」と素直に感謝しています。
  • 人からの好意や親切に対してどのように対処するかはとても大切な気がします。日本人の美徳のひとつとして「いいえ、そんなにしていただくのは申し訳ありません。」という遠慮がありますが、素直に、感謝して、受け取ることは、相手を喜ばせる心地よいものです。その証拠に、ボアズは自分の部下たちにさらなる親切―「あの女のために、束からわざと穂を抜き落としておいて、集めさせなさい」―と指示しています(16節)。
  • ここの部分の「わざと抜き落とす」とは、文法的には「抜き落とす」「シャーラル」(שָׁלַל)という動詞の前に、その動詞の独立不定詞―「シォール」(שֹׁל)をつけることによって、確実性、強制、故意性を強調させています。新改訳、口語訳、樋口訳は「わざと」と訳しています。

3. 買い戻す者(ゴーエール)のひとりボアズの名を聞いたナオミの驚き

  • さて、ナオミもルツから話を聞いて驚きを示しています。20節、22節。ただ、新改訳ではその驚きが伝わってきません。まず20節ですが、ナオミがボアズという名前を聞いたときに、リビングバイブルはその驚きを次のように訳しています。「あの方ですって! 神様、ありがとうございます。 神様のお恵みは、あんたが夫を亡くした時に終わったんじゃなかったわ。 ずっとお恵みは注がれていたんだねえ。 だって、その方はいちばん近い親戚の一人なんだもの。」(LB訳)。
  • 22節では、ルツがボアズから落ち穂拾いの招きを受けたことを知って、「娘よ。あの方のところの若い女たちといっしょに出かけるのは、けっこうなことです。」(新改訳)とあります。「けっこうなことです」という訳は驚きをそれほど表していません。原文は「トーヴ」טובで、むしろここでは「それは良い、すばらしい、すごい」と訳すべきです。ちなみに、新共同訳は「すばらしいことです」英語ではIt is goodと訳しています。



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