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交わりのいのちのしるし <2>豊かさ

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A-06. 交わりのいのちのしるし <2>豊かさ

(1) 関係における豊かさ

  • イエスは言われた。「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。」(5節) 「多くの実を結ぶ」とは豊かな果実を表わす。ここでいう「豊かさ」とは、お金やモノのことではなく、関係(関わり、交わり)の豊かさである。イエスはその関わりにおける豊かな果実を私たちに与えると約束しておられる。 

(2) 豊かさを妨げる恐れ

  • 人は生まれてから親という存在によって関わりをもつ。その関わり方はその人の人生のすべてを決定付けるとも言える。精神病は関係の病であり、人と人との関係においてもたらされる病である。人は本来、他者とのあたたかい関係を持っていなければ、安定して生きていけない存在なのである。

① 恐れによる不毛さ

  • 不毛は、恐れの最も顕著な現われ方の一つである。恐れを感じるとき、私たちは自分のうちに引きこもり、豊かな関係を築くことができなくなる。ついには他者に背を向け、手を差し伸べることをしなくなる。そして自ら作り出した防御の態勢へと退行していく。その結果、不毛に陥る。不毛とは自分が本当に生きていないという経験であり、役に立たないという感覚である。人からほめられても否定し、他人の親切を素直に喜べない。あるいは勘ぐってしまう心。期待した関係が得られなければ、その怒りが中傷や陰口となって表われる。冷淡、しらけ、孤独は、みな期待した関係を得られなかったことの結果である。逆に、関係をさらに欲するゆえに起こる、甘えやしつこさという心の依存。これらはみな愛に病んでいると言える。

② 恐れによる生産性への駆り立て

  • 恐れは、関係性における不毛に導くだけでなく、生産性に駆り立てる。つまり、生産物を私たちが自分で作り出さなければならない、何かをしなければならないという脅迫である。業績や成功を強調する今日の社会では、私たちは生産性の高さと実り豊かさが同じものであるかのような生き方をしている。生産性の高さがある種の名声を確保して、役立たずであることへの恐れを取り除いてくれると思っている。そのためにいつもプレッシャーを感じているのである。人間としての価値が手や頭で作り出すものに左右されることによって、私たちは恐れの被害者となる。拒否や批判に対して非常に傷つきやすくなる。生産性は決して私たちが渇望する深い帰属感を与えることができないことを知らなければならない。生産性と豊かさとは別物なのである。

(3) 豊かさと愛

  • 豊かさは、私たちが自分の人生をコントロールするのをやめて、神に信頼して、自らを投げ出すときもたらされる。果実は親しい愛の土壌からのみ育つことができる。それはまさに作り出すものではなく、受け取るべき贈り物である。果実と生産性とを区別するのは、まさしくこの点にある。実り豊かな生活の側面としてヘンリー・ナウエンは三つあげている。

① 傷つきやすさ

  • 私たちが互いを恐れている限り、私たちは武装して防御的な生活を送る。しかしそのような生活からはなんの果実も育たない。私たちは傷つきやすいという弱点を持っている。防御の盾を手放して、互いを信頼し合い、共有している弱点を認め合うとき、私たちは共に実り豊かな生活を送ることができる。

② 感謝する心

  • 私たちが成功すること、他人の前に自分の価値を証明し、ライバルを打ち負かすことに気を取られているなら、感謝することはむずかしい。なぜなら、感謝は他人に依存し、人からの助力や支援を受けることを前提としているからである。しかし真の感謝とは、存在するすべてのものは神からの尊い贈り物ととらえ、他の人々と分かち合うことを喜ぶ心である。
  • ヨハネ福音書の6章5~15節にあるパンの奇蹟の出来事で、イエスが空腹の群衆を見て、この人々に食べさせるパンをどこで買おうかと考えていた時、弟子のアンデレが「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人々では、何の役にも立たないでしょう。」と言った。しかしイエスはそれを受け取り、感謝の祈りをささげてから人々に分け与えられた。すると12の籠がいっぱいになるほどのパン屑が集まった。このように感謝することは神の家の豊かさを経験することとなる。たとえ貧しいように思えること(モノ)でも、それを神からのものとして感謝して受け取る時、そこに豊かさがもたらされるということである。

③人を気遣う心のゆとり

  • 心に余裕がなくなると、大抵は自分のことしか考えられなくなる。そうすると人に対して気遣うことができなくなってしまう。普段はとてもいい人なのに、仕事をしているときには、すごくそっけなかったり、愛想がなかったり、笑顔がなかったりする。それが全部「仕事をしているから」という理由で認められているのが今の世の中だったりする。
  • 心に余裕がなくなっている自分を発見すると、いつも本質的に自分は自分のことが一番だと思い知らされる。人間の本質は、自分に余裕のなくなった時に確実に表面に出てくるものである。しかし、余裕のないときにこそ、通常の態度で相手に接することができるなら、これこそ豊かないのちの果実と言える。


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