****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

交わりのいのちのしるし <4>自 由

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A-08 交わりのいのちのしるし <4>自 由

  • <いのちのしるし>として最後に取り上げたいものは<自由>である。それはかたちとしての自由ではなく、霊的な自由である。それは、自分の内に存在するある恐れや不安から、また肉の弱さから解放されることである。つまり自分自身から解放されることによって、神に対しても、人に対しても自由になることができることを意味する。
  • 自分の心の傷を見ることができるようになるということは、自分に対して心が自由にされたことのしるしである。それはまた心が主に向いていることのしるしでもある。覆いが取り除かれて解放されることによって、私たちはありのままの自分を受けとめることができるのである。
  • しかし、私たちは目に見えるものに捕らえられやすい。たとえば、規則や習慣、伝統、あるいは一つのスタイルといったものにこだわり、その中に安心を求めてしまいやすいのである。聖書の時代には律法学者がそのよい例であるが、私たちもそうした律法主義に陥ってしまう弱さを持っている。つまり、自分たちの信仰生活で繰り返しなしていることがいつのまにか規則のようになり、それを守らないと自分が属している教会や交わりからはずれてしまうという恐れが心に築かれていく。そしてそれはやがて形式化し、それを守っていくことが自分の中に安心感を与えるようになる。そしてひとたびそのような方向になると変えることは難しいのである。人にもそれを要求するようになり、できなければ裁くようになる。ここに私たちの弱さがある。悪循環と同時に、それは居心地の良い信仰生活を送ることを可能にするーこれが律法主義である。そして恐ろしいことに、律法主義になればなるほど、自分の弱さが見えなくなってしまうのである。
  • このような律法主義から解放されるためには、私たちが真理の光であるイエスによって自分の本当の弱さを認めることである。イエスは言われた。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にする」(ヨハネ8章32節)と。真理を知るとは、私たちの本当の姿を認めることであり、その私たちに対して神は恵み深くあってくださるという事実を知ることなのである。

附記

  • 『いのちのしるし』の著者、ヘンリー・ナウエンについて
    画像の説明
  • 1932年オランダで生まれたカトリック司祭で、生涯の多くを母国オランダの神学校、アメリカ・ノートルダム大学、イェール大学、ハーバード大学の神学部で牧会学、牧会心理学の教授として過ごす。教育者、著作家、説教者として名声を博したが、著作では成功の背後にある深い渇き、葛藤や誘惑、弱さや迷いを告白している。引退後、生涯最後の十年間をカナダ・トロントにある知的障害を負った人々が生活するラルシュ共同体(創設者ジャン・バニエ)の牧者として生活。そこで彼が奉仕した人々から「多くの良きものを受け取る」という体験をし、真の魂の安息を得たと語る。
  • 『イエスの御名で』『いま、ここに生きる』はそのころの体験が基になっている。1996年、ナーウェンは心臓麻痺で64年間の生涯を閉じた。彼の著作はカトリック、プロテスタントの枠を超え、幅広い支持を受けており、近年日本ではナーウェンの著作もきっかけになって「霊性(スピリチュアリティ)」への関心と求めが深まっている。


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