****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

今日における健全なリーダーシップの必要性

序説(1) 今日における健全なリーダーシップの必要性

1.リーダーの不在

  • 今日のニュースはリーダーシップの崩壊に基づく内容が多い。政治、企業、会社、官庁、学校、家庭、教会におけるトップの不祥事、家庭崩壊・・

(1) 映画「八甲田山」の例

  • この映画は、その指導者によって人々の運命がいかに決定づけられていったかを如実に物語っている。(脚注1)

(2) 「位打ち」ということば

  • もし私たちが人の上に立とうと願うなら、第一に実力をつけなければなりません。実力をつけずして人の上に立とうとすることは、それは、その集団全体にとって極めて不幸なことであると共に、その人自身にとっても往々にして不幸な結果を招くことになるのです。(脚注2)

(3) 「船頭多くして船山に登る」という諺

  • すべての集団にはリーダーが必要です。リーダーがいないととんでもない方向へと向かってしまうことになりかねません。

2. 予測のつかない時代、先の見えない時代に求められるリーダー

(1) 時代を読み取れる能力
(2) 進むべき方向、あるいは進退の指示ができる能力
(3) 現状を打ち破る勇気・・「雄々しくあれ、強くあれ、恐れてはならない。おののいてはならない。」
(4) 新しい時代に対応できる柔軟性


(脚注1)

  • 新田二郎原作の映画「八甲田山」は、その指導者いかんによって、人々の運命がいかに決定づけられていったかを如実に物語っている感動的かつ教訓的物語です。八甲田山を日本陸軍の二つの部隊が別々の方向から山を越えようとします。時は冬。とても乗り越えられないような大きな難関。そして二人の指導者が立てられます。一人は物分りが良く人格者で、柔和な人物。もう一人は傍弱無人ですが、綿密に計画を立てて行動を興す強い人物。この二人の指導者に率いられた二つの部隊が、それぞれ厳寒の想像を絶する八甲田山を登ろうとするのです。果たして結果はどうであったか。前者はほぼ全壊し、後者は全員無事に山越えに成功します。
  • この映画はリーダーとは何かを教えてくれています。確かに平穏な時には、優しく思いやりのあるリーダーでも統率力に問題はありません。しかしいざ戦いに際しては、強く、雄々しいリーダーでなければ、勝利を収めることは困難なのです。

(脚注2)

  • 司馬遼太郎の小説の中に「位打ち」という言葉が出てくるそうです。力量のない人がトップに立った結果、その地位そのものがその人を打ってくるということを意味しています。
  • 例えば、「豊臣家の人々」の中に描かれている関白秀継は養子として豊臣家に迎え入れられ、トントン拍子の出世をして、遂には関白職という最高位に就いてしまう。秀継は鼻高々となり、また周囲の者たちも彼をチヤホヤともてはやす。しかし彼の実父である八助は「天道を恐れよ」と息子を諌めたのでした。「実力が無いのに異例の栄達を遂げた者にろくな終わりを遂げた者はない。」と。父の八助は熱心に秀継を戒めますが、秀継は全く耳を持たずに次第におごってしまい、ついには秀吉によって切腹させられ、彼の妻や妾、子供たちまでもことごとく処刑させられていきます。秀継の悲劇的な末路は、正に実力のない者がトップの座に就いた結果としての一つの天道だったのです。

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