****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

強くあれ、雄々しくあれ

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21. 強くあれ、雄々しくあれ

【聖書箇所】 ヨシュア記1章6, 7, 9, 18節

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【読み】
「ハク ヴェエツ  ラク ハザク ヴェエツ メオード」

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
ただ強く、雄々しくあって、
【口語訳】
ただ強く、また雄々しくあって、
【新共同訳】
ただ、強く、大いに雄々しくあって、
【NKJV】
Only be strong and very courageous,

【瞑想】

とても有名なフレーズです。このことばでどんなに多くの信仰者が励まされてきたことでしょうか。この「強くあれ、雄々しくあれ」というフレーズ「ハザク ヴェ・エマーツ」が語られているパターンは以下のとおりです。

(1) 「主」⇒「ヨシュア」(申命記31:23/ヨシュア記1:6, 7, 9)
(2) 「モーセ」⇒「ヨシュア」(申命記31:7)
(3) 「モーセ」⇒「民」(申命記31:6)
(4) 「民」⇒「ヨシュア」(ヨシュア記1:18)
(5) 「ヨシュア」⇒「民」(ヨシュア10:25)

これを見る限り、このフレーズは互いに励まし、信仰を鼓舞する激励用語として使われています。なぜか上記の箇所(8回)にしか使われていませんが、特筆すべきフレーズです。

主はヨシュアにモーセが語った律法をすべて守り行なうように命じました。それは別なことばでいうならば、神を愛すること、神を第一にすることを意味します。このかかわりが生きているかぎり、賜物として与えられたすばらしい良い地にあって栄えることが重ね重ね約束されています。

【新改訳改訂第3版】
1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。
1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。

今日の教会において、真面目なクリスチャンを襲う燃え尽き症候群が見られます。ひとたび燃え尽きてしまうと、再び、立ち直ることは大変です。失望落胆、空虚感、倦怠感、フラストレーションに陥り、なにもする意欲がわかなくなるからです。

ミニストリー(働き)が祝福され、それが成長して大きくなければ、心の虚しさは消えてなくなるだろうと私たちは思いがちです。しかしそれは間違いです。お金がどんどん増えると心も満たされてくるのは錯覚であるのと同様です。もっともっと欲しくなるのです。

イエスの御名によって奇蹟的なみわざが現われるような刺激的なミニストリーに長い間携わってきたある説教者が、「もうあんなたことは見慣れてしまって、もう飽き飽きだ」と語ったと言います。多くのミニストリーを続けているうちに、だとえ、どんなに祝福された働きであったとしても、それがいつも起こっていると、それに慣れて、自分自身はむしろ醒めて、退屈としか感じなくなり、心も満たされなくなるのです。これはいったいどういうことなのでしょうか。

私たちはすばらしい働きをし、人も羨むような活躍をし、人からの称賛を得るようなすごい働きの世界には、さぞかし心満たされるものがあると思っています。ところが、しかし、バットです。ミニストリーには落とし穴があることを知らなければなりません。クリスチャン生活において、生産性が求められる宣教の働きを第一にするなら、必ず、悲劇が起こります。働き人たちが燃え尽きてしまう比率は高くなること必須です。

こうした問題は、神に愛され、神を愛するという土壌(かかわりの基礎)が十分に築かれないままに、ミニストリー(働き)に邁進してしまう(邁進させられてしまう)ことから起こるのです。なによりも、神を愛すること、神を愛する喜びが第一となるようなところに立ち戻らなければなりません。第一の戒めが優先されるところに置かれる時に、私たちのうちに霊的活力が与えられ続けるのです。弱さを覚えることがあったとしても、虚しさを覚えることがあったとしても、失望落胆するようなことがあったとしても、あるいは、迷ったとしても、神を愛する喜びを回復して、いのちの中に自らを置くならば、心の落ち着きを取り戻すことができます。第一の戒めが回復されるなら、すべての良い働きはそこから自然に生まれ出てくると信じます。

神の教え(トーラー)を「(昼も夜も)口ずさむ」とは、神のみことばを瞑想することです。瞑想することを怠る時、霊的な力は喪失します。「強くある、雄々しくある」ことの目的は、みことばの瞑想力を回復することです。今日のキリスト教会の建て直しの重要な課題は実はここにあります。今、内なる霊的な感動のあふれが求められているのです。

【付記】
「強くあれ、雄々しくあれ」⇒楽譜

2013. 3.7


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