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恩寵用語Ps41

詩41篇「全くいやされる」 הָפַךְハーファフ

〔カテゴリー救出〕

3b節「病む時にどうか彼を全くいやしてくださるように。」 (新改訳)
3b節「あなたは彼の病む時、その病をことごとくいやされる。」(口語訳)

Keyword; 「全くいやす、ことごとくいやす」turn over, change, 30:11/41:3/66:6/78:44/

  • 新改訳では3節後半を「全くいやしてくださるように」という願望形で訳していますが、口語訳では「ことごとくいやされる」という確信的な表現になっています。新改訳、新共同訳では願望的に、他の訳(関根訳、岩波訳、典礼訳、バルバロ訳)では確信的に「(主は)…してくださる」と訳しています。この訳の違いは、底本となっている写本が異なっていることによるものです。
  • 私としては、内容的な面から1~3節に見られる恩寵用語をすべて確信的な意味に受け取りたいと思います。主は「弱っている者に心を配る人」に対する多くの恩寵の確信が告白されているのを見ることができます。その恩寵とは、「わざわいの日に助け出す」こと(1節)、「見守り」「生きながらえさせ」「地上でしあわせな者とする」こと、「敵の意のままにされない」こと(2節)、「病の床で支えること」「全くいやしてくださる」こと(3節)です。本稿では最後の「全くいやしてくださる」と訳されたハーファフ(הָפַךְ)という恩寵用語に注目したいと思います。
  • ハーファフ(הָפַךְ)の原義は「ひっくり返す、翻す」です。つまり、ある状況を一変させることです。聖書の中では良い意味でも、悪い意味でも使われます。悪い意味では、神がソドムとゴモラに対して、彼らの罪のゆえに、緑豊かな肥沃な土地を一変させて、草木一本生えることのない地にされました。良い意味では、神の民をエジプトから救い出す御業の中で、水を血に変えたり、海を乾いた地にしたりしました。あるいは、「嘆きを踊りに変えてくださった」(詩30篇11節)というのもハーファフ(הָפַךְ)が使われています。
  • 主は、私たちの状況を一変させることのできる方です。詩41篇では、直訳では「病の時に、床をひっくり返す」というのを、「全くいやされる」(新改訳)、「ことごとくいやされる」(口語訳)、「病気の床をたたまれる」(バルバロ訳)、と訳しています。
  • ここで重要なことは、このような祝福が約束されている者とは、1節にあるように「弱っている者に心を配る人」のことです。そのような人とは、4節以降に述べられているように、病気を通して経験した事が背景にあって、そこからある種の「気づき」「悟り」を与えられた人のことです。「心配る人」の原語はマスキール
    (מַשְׂכִּיל)です。これは動詞サーハル(שָׂכַל)の分詞です。病気という経験を契機に、はじめて作者は「弱っている者に心を配る」ことができるようになる「気づき、悟り」が与えられたようです。
  • 私たちの神こそ、最も「弱っている者に心を配る」ことのでき方であり、その方と共感できるようにされたことが、最も幸いな人だと言えます。そしてそれは「自分と同じように隣人を愛せよ」という主の命令を生きることができるようされた恩寵なのです。

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