****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想(1)「賛美」

ש スィン、シン瞑想(1)「賛美」

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  • このブロックにある二つの動詞、「愛しています」(163,167節)、「喜びます」(162節)があります。主のみことばを喜びとし、それを限りなく愛する者には、豊かな平和(シャローム)があり、つまずくことがないと告白しています。しかし、より大切なことは、主のみおしえを喜びとし、愛する具体的行為として作者が実践したことは、「日に七度」主を賛美することでした。
  • 「日に七度」という規定を、そのまま中世のベネディクト会の修道士たちは実践しようとしました。この規定は、一見、自分たちを拘束するように見えますが、それは、散漫に陥りやすい私たちの心を絶えず主に向けさせるために、「聖務日課」として自ら課したものでした。
  • なぜ「日に七度」なのか? 聖書における「七」という数は、創造においても、幕屋においても(七つの燭台)、救いと恵みの年のサイクル(七十周)においても、赦しにおいても (七度を七十倍)、組織においても、・・・・特別な意味を持っています。つまり、「七」は神のみこころを満たす聖なる数と考えられていたようです。
  • いずれにしても、主の教えに対する愛と喜びのあかしとして、「日に七度、主をほめたたえる」という生活パターンを作り出したことは、特筆すべきことだと思います。


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