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私たちにゆだねられた「和解の務め」とは何か

28. 私たちにゆだねられた「和解の務め」とは何か

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「二人の息子の父のたとえ」から見る「和解の務め」

ベレーシート

  • 2014年2月の全国冬の牧師会において、「聖書的和解」についての学びがなされました。テーマとなった「和解」、あるいは、「和解の務め」は個人にとっても、教会にとっても重要な事柄です。しかし、それがどのような意味かを、意図して、まとめたことがなかったことに気づかされました。特に、私たちにゆだねられたとされるパウロの言う「和解の務め」とはいかなるものであるかを考えてみたいと思います。

1.「和解」という語彙について

  • 日本語の「和解」ということばのイメージは、争いをする者、敵対する者たちが、お互いにどこかで妥協点を見出して争いをやめること。仲良くなること。そのために、仲裁したり、調停したりすることです。聖書でもそのようなニュアンスで使われている例が以下のように見ることができます。たとえば、ルカ文書に3回、そしてパウロの書簡に2回、そこではみなこの類の意味で使われています。ただし、使われている語彙がすべてまちまちです。

(1) ルカ12章58節 
あなたを告訴する者といっしょに役人の前に行くときは、途中でも、熱心に彼と和解するよう努めなさい。
※「和解する」ー「アパッラッソー」(άπαλλάσσω)の現在完了受動態の不定詞。

(2) 使徒7章26節
翌日彼(モーセ)は、兄弟たちが争っているところに現れ、和解させようとして、『あなたがたは、兄弟なのだ。それなのにどうしてお互いに傷つけ合っているのか』と言いました。「和解させる」ー「スナッラッソー」(συναλλάσσω)の未完了能動態3単。

(3) 使徒12章20節
さて、ヘロデはツロとシドンの人々に対して強い敵意を抱いていた。そこで彼らはみなでそろって彼をたずね、王の侍従ブラストに取り入って和解を求めた。その地方は王の国から食糧を得ていたからである。
「和解」ー名詞の「エイレーネ」(ειρηνη)、平和、英語ではpeace

(4) Ⅰコリント7章11節
──もし別れたのだったら、結婚せずにいるか、それとも夫と和解するか、どちらかにしなさい──また夫は妻を離別してはいけません。
「和解する」は、原文では「和解を受け入れよ」で「カタッラッソー」(καταλλασσω)の命令形受動態3単。

(5) Ⅱテモテ3章3節
情け知らずの者、和解しない者、そしる者、節制のない者、粗暴な者、善を好まない者になり、
「和解しない者」-「アスポンドス」(άσπονδος)、和解の酒を酌み交そうとしない者という意味。

  • これらはすべて、人と人との間にあるわだかまりや不仲の関係を解消する意味で「和解」という言葉が使われています。しかし、私が特に関心をもっているのは、使徒パウロのいう「和解の務め」という意味における「和解」の意味です。「聖書的和解」、特に、使徒パウロのいう「和解」は先のイメージとは異なるようです。
  • 聖書的な真の「和解」は、パウロの独自の用語であり、しかも、比較的パウロの後期の書簡に見られる用語で、三つの用語が使われています。とはいえ、この三つの語彙の語幹はみな同じで、慣例や態度を一変させるという意味の「アッラッソー」(άλλάσσω)です。それに、強意の接頭語「カタ」(κατα)がついた「カタッラッソー」(καταλλάσσω)、さらにその名詞形の「カタッラゲー」(καταλλαγή)、そして、「カタッラッソー」にさらなる接頭語「アポ」が付加された「アポカタッラッソー」(άποκαταλλάσσω)です。表にすると以下の通りです。

画像の説明

  • 上記の表を見ると、和解の用語が、ローマ5章10~11節、Ⅱコリント5章18~20節に集中していることが分かります。ここでは後者のⅡコリント5章18~20節をテキストとして、「和解」と「和解の務め」について考察したいと思います。

2. Ⅱコリント5章18~20節に見る「和解の務め」

【新改訳改訂第3版】
18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、
また和解の務めを私たちに与えてくださいました。
19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、
和解のことばを私たちにゆだねられたのです。
20 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようで
す。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。

(1) テキストの分析

  • Ⅱコリント5章18~20節のテキストを分析してみると、ユダヤ人であるパウロはヘブル語特有の修辞法である「パラレリズム」(並行法)を用いていることがわかります。

    ① 18節と19節とは同義的並行法です。
    18節 「神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、」
    19節 「神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、」

    18節 「和解の務めを私たちに与えてくださいました。」
    19節 「和解のことばを私たちにゆだねられたのです。」

    ②20節も一種のパラレリズムになっています。

    私たちはキリストの使節なのです。
    神が私たちを通して ・・・・・・・・懇願しておられるようです。
    私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います

    ⇒「神の和解を受け入れなさい。」(懇願的命令で表現するなら、「神の和解をどうか受け入れてください」)

(2) 「和解」という動詞の主体は、「神」

  • 「和解」に関する動詞のすべての主語は「神」であり、私たちは常に受け身です。つまり、神によって「和解させられた」者であるということです。私たちが神に敵対している時でさえも、神の側ではすでに和解がなされているのです。神における「和解」とは、決して相互的なものではなく、神の一方的、能動的、しかも決定的なアオリスト的行為だということです。
  • 「神は、キリストによって、私たちを和解させた」というフレーズを別のことばで表現するならば、神の方が先に無条件で私たちを「受け入れられた」という「受容」の概念です。このことが、「和解の務め」の前提となる「和解」の出来事です。これは、後で取り上げる「二人の息子を持つ父」のたとえの中の「弟息子」に対する父の態度に見ることができます。

(3) 「和解の務め」とは、「懇願のミニストリー」

  • Ⅱコリント5章18~20節から言えるもうひとつのことは、使徒パウロのいう「和解の務め」とは、第一義的には、争いや敵意をもった両者の調停役、客観的立場である仲介者としての務めではなく、神(キリスト)に代わって語る「懇願のミニストリー」だということです。このことを理解する例が、「二人の息子を持つ父」のたとえの中の「兄息子」に対する父の態度に見ることができます。

3. 「二人の息子の父」に見る「和解の務め」としてのイメージ

  • 「二人の息子の父」とは、普通、「放蕩息子のたとえ」として知られている話に登場する「父」のことです。この父の姿にこそ、完璧な「和解の務め」のイメージが映し出されているように思います。二人の息子に対する父の「和解の務め」を、これほどまでに分かりやすくイメージできるものは他にはないように思います。
  • ここで、私たちが「和解」ということばのイメージから連想する、仲違いする兄弟間の争いを仲介する父のイメージはありません。聖書的な「和解」とは、神の「受容」と神の「懇願」の二つの概念が含まれています。したがって、ルカの「二人の息子を持つ父」のたとえでも、父の弟息子に対する受容と、兄息子に対する懇願の二つの概念が同時に語られているように思います。つまり、パウロのいう「和解の務め」を、父は弟息子に対しても、また兄息子に対してもしているのです。
  • このように「和解の務め」としてのイメージは、実は、このたとえ話の中に登場する父のイメージです。父の存在、父のふるまい、父の喜び、父のことば、父の懇願が、そのまま「和解の務め」であり、「和解のことば」なのです。
  • もう少し、このたとえ話に入って見てみたいと思います。このたとえ話に登場する二人の息子のうち、どちらかというと、弟息子が注目されがちです。なぜなら、弟息子のその回心へと至るドラマ性の中に神の恵みが豊かにあらわされているからです。ところが、兄息子の方はそうしたドラマ性が全くありません。同じく父の家に住みながら、父とのかかわりにおいて大きな隔たりがあります。いなくなった一匹の羊、失しなった一枚の銀貨、そして父の家から旅立った放蕩息子、いずれもやがて本来あるべき場所に戻ってきた時の喜び、それを分かち合うのは当然だとしている点が共通しています。しかし最後の例え話では、喜びを分かち合うことが当然と考える父の必然に対して、それを必然と思えない兄息子の存在がクローズアップされています。特に、この父と二人の息子のたとえ話が伝えようとしている重要なポイントは、兄息子が抱えている問題の深刻さにあります。そこには人間が抱えている深い根があるように思います。しかも、それは、和解の務めの困難さを予感させています。

(1) 弟息子に対する父の先取的受容

  • 父から財産の分け前をもらった弟息子は、幾日もたたぬうちに、父から遠く離れ、「遠い国へと旅立った」とあります。そして、自分の好き勝手に生きようとしました。しかしその結果はなんとも悲惨なものでした。金の切れ目が縁の切れ目と言うように、やがてはだれからも相手にされず、孤独の空しさに陥りました。そこで彼ははじめて自分が父から離れたことが間違いであったことに気づき、父のもとに帰ろうと決心します。神に対しても、父に対しても罪を犯したことを認め、自分は子と呼ばれる資格がないと自覚しつつも、「立ち上がって」(「アニステーミ」ανιστημι、復活用語です)、父のもとへと帰って行きます。
  • ところが、まだずっと離れているにもかかわらず、そんな弟息子を見つけたのは父の方でした。父は、かわいそうに思い(神のあわれみを表わす重要な語彙「スプランクニゾマイ」σπλαγχνίζομαι)、走り寄って彼を抱き、(何度も)口づけしました。何とも感動的なシーンです。
    弟息子に対する父の動作を表わす四つの動詞に注目する必要があります。

    ①「見た」・・父の方が先に見つけたのです。父は息子の帰りを待っていたことが分かります。
    ②「かわいそうに思った」・・神のあわれみを表わす重要な動詞で、単なる同情ではなく、必ず行為を伴います。
    ③「走る」・・父の方から走り寄って
    ④「抱きついた」・・正確には、首の上に抱きついた。
    ⑤「なんども口づけした」

  • この段階では、弟息子は何も語っていません。ただ帰ってきたままの状態ですが、父は完全に彼を受け入れているのです。これがパウロのいう神の「和解」です。息子のいう「もう私はあなたの子と呼ばれる資格はありません」という人間的な価値観に左右されることなく、彼を自分の息子として迎えたのです。その証拠が、上等な着物を着せることであり、手に指輪をはめさせることであり、盛大な祝宴だったのです。これがパウロのいう「和解の務め」です。

(2) 弟の帰りを歓迎しない兄息子に対する父の懇願

  • 「私はもうあなたの子と呼ばれる資格はありません。」と帰還した弟息子を、「死んでいたのが生き返り、いなくなったのが見つかったのだから」と言って喜ぶ父。肥えた子牛がほふられ、音楽と踊りを伴う盛大な祝宴。そこに兄息子が畑から帰って来て、家に近づきました。ところが、しもべから事の事情を聞いた兄息子は、おこって、家に入ろうともしなかったのです。なぜ兄は弟の帰りを喜ぶことができなかったのか。兄の怒りをなだめようとする父に対する兄の言い分が29, 30節に記されています。

    15:29『ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。
    15:30 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』

  • 怒りを伴う兄の言い分には、これまで長い間、どんなに一生懸命に父に仕え、父の言われることに従ってきたかという思いがあります。また放蕩三昧をし、財産を食いつぶして帰ってきた弟に対する妬みさえも感じられます。そしてその弟に対する父のあまりにも好意的な振る舞いに対して我慢がならないという思いが見て取れます。
    もし、この兄の言い分に「全く同感だ」という思いがあるならば、その人もこの兄息子と同じ問題を抱えているのかもしれません。父の家に共に住みながら、父の思いを共有することができず、本当の父を知らなかったと言えます。父の喜びを自分の喜びとすることなく、父の悲しみを自分の悲しみとすることなく、ただ良い行いによって父からの好意(愛)を得ようとひたすら頑張って生きてきた兄。そこには、感謝も自由も喜びもなく、文句の一つも言わずに、ただひたすら父に仕え、父に従ってきた兄の姿があります。
  • 兄は弟のように自由奔放に生きた経験がありません。したがって、自由奔放によって苦しみのどん底に突き落とされ、その苦痛と孤独を味わった経験もありません。弟が財産を食いつぶして帰ってきたとしても、それは自業自得で、特別に歓迎して祝宴を催すほどの父の必然性をなんら感じませんでした。ですからそんな弟を歓迎する父に対して腹立ちを感じたのです。「兄はおこって、家に入ろうともしなかった」(28節)という表現にそのことがよく表わされています。兄は自分自身の価値基準によって、弟を、そして父をも断罪することで、「隔ての壁」を作っているのです。これは、自分たちが作り上げた律法(神の律法ではなく、罪の律法)という価値基準で、収税人や遊女たちをさばき、また彼らを受け入れようとするイェシュアを拒絶しようとするパリサイ人の姿であり、多くの人々の姿でもあります。
  • そんな兄息子に対する父の態度こそ、実はパウロのいう「和解の務め」なのです。その務めとは「懇願」です。

① なだめ続ける父

  • ルカ15章28節には、怒りのあまり、家に入ろうとしない兄をなだめる父の姿があります。「なだめてみた」と訳されているギリシア語は「パラカレオー」(παρακαλέω)という動詞の未完了形です。未完了形ということは、繰り返し、繰り返し「なだめ続ける」という意味です。そしてまた、興味深いことに、「パラカレオー」(παρακαλέω)には「そばに呼び寄せる、願う、頼む、懇願する、さとす、元気づける、慰める、なだめる」という意味がありますが、「なだめる」という訳語はここの箇所だけです。ちなみに、その名詞は「パラクレートス」(παρακαλητος)で「助け主」を意味することばです。
  • 使徒パウロの「ローマ人への手紙」の12章1節には、次のように記されています。「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。」と。「お願いします」の原語は「パラカレオー」(παρακαλέω)です。常に寄り添いながら、懇願し、願い、励まし、慰め、根気強くなだめ、勧めていく務めです。ここだけを読むと、簡単に思えるかも知れませんが、このことばの背景には、ローマ書の1~11章に記されている神の救いの事柄が土台となっていることを忘れてはならないと思います。そこには人間の罪の深さ、その罪の力に翻弄されている人間に対する理解があります。その深刻さと同時に、それに打ち勝つことのできる神の福音と神に選ばれたユダヤ人に対する神の熱い心が啓示されています。神の福音の深みを理解し、それを自分のものとした上で、パウロは人々に「懇願している」のです。まさに、「兄息子の父」のように、です。

②「子よ」と親愛の情をもって呼びかける父

  • 31節では父が兄息子に対して「子よ。」と呼びかけています。新改訳第2版にはその呼びかけのことばは訳されていませんでしたが、第3版では「子よ。」と訳され、改変されています。しかしこの「子よ。」という呼びかけには、「テクノン」(τέκνον)というギリシア語が使われています。「子」を表わす語彙としては他に「ヒュイオス」(υἱός)があります。それはルカ15章だけでも8回出てきます(11節、13節、19節、21節(2回)、24節、25節、30節)。ところが、31節で父が兄息子に呼びかける時には「テクノン」(τέκνον)が使われているのです。明らかに、ルカはなんらかの意図をもって使っていると言えます。
  • 「テクノン」も「ヒュイオス」も同義と言えますが、殊に、呼びかける所に使われる場合、「テクノン」は親愛の情をもって呼びかけることばのようです。ヘブル語聖書では「ベニィ」בְנִיと訳しています。つまり「わが子よ」という訳です。親愛の情を含んで子に対して呼びかけるにふさわしい訳語の選択はむずかしいのかもしれません。ルカ2:48に、母マリヤが神殿にいたイエスに向かって、「まあ」(新改訳)と訳しています。原文には「テクノン」となっています。
  • いずれにしても、父は兄を責めることもなく、親愛の情をもってかかわろうとしているのですが、兄の方はその父の情を感じていないようです。最も父のそばにいながら、父の心を知らない現実、そこには大きな淵が存在しています。弟も父から離れていたのですが、兄の方も父から離れているのです。弟が父から離れていることを「死んでいた」と父は表現していますが、そばにいる兄も実は「死んでいる」のです。弟の方は「死んでいた」のが、父の家に帰ってくることで「生き返った」と表現していますが、兄は「死んだまま」です。この兄を父とのかかわりにおいて真に「生き帰らせる」ことはとても困難な状況にあると言わざるを得ません。聖書はこの兄が父の説得に応じたかどうかは記していません。ここに「和解の務め」の重さがあります。

4. 結論

  • 使徒パウロが、Ⅱコリント5章18~20節で言っている「和解の務めを与えられた」こと、また、「和解のことばをゆだねられた」ということの意味を考える時、それは、「二人の息子の父」に見られたように、「受容」と「懇願」の務めであるということです。
画像の説明
  • ヘンリー・ナウエンの最高傑作と言われる「放蕩息子の帰郷」という本の中で語っていることばが、私の心に重く響きます。それは、私たちが神に受け入れられて、
    「御父のもとに帰るとは、とどのつまりは、父になるという課題を引き受けることなのだ。」ということばです(2003年、あめんどう、172頁)。このことばの中に、パウロのいう「和解の務めを与えられた」こと、「和解のことばをゆだねられた」という召しのことばの真意があるように思います。とても重い課題ですが、神の召しとしての務めとして引き受けるようにと、パウロは私たちに懇願しているのです(Ⅱコリント6:1)。


付記 (人と人との間の麗しい和解の使者として生きる)

  • パウロは人と人との調停役、仲介者としての務めをしなかったわけではありません。むしろ、積極的に、自分を犠牲にしてその務めをしています。この世の客観的な立場に立っての仲裁役ではありません。きわめて麗しい、仲裁役のあかしがピレモンに宛てた手紙の中に見ることが出来ます。
  • ピレモンの手紙は、ローマの獄中で生んだ「わが子」オネシモのために、彼の主人であったピレモンに宛てて書かれた手紙です。オネシモはピレモンの奴隷でありながらそこから脱走しました。当時のローマの法では、そうした場合、主人は奴隷を殺すことができたようです。しかし、神の不思議な導きによってオネシモはローマでパウロと出会い、回心しました。パウロの懇切な指導の下で、オネシモは無益な者から有益な者へと変えられたのです。しかしパウロは、オネシモを自分のもとに置くことなく、彼の主人であるピレモンのもとへ帰そうとします。その際、オネシモが、再度、受け入れてもらえるようにとパウロはピレモンに懇願しています。「もしあなたが私を親しい友と思うなら、私を迎えるように彼を迎えてやってください。もし彼があなたに対して損害をかけたか、負債を負っているのでしたら、その請求は私にしてください。」(17~18節)と。
  • 確かに、ここにパウロの「和解の務め」としての一面を見ることが出来ます。しかし、「和解の務め」はこうした麗しい務めよりは、むしろ拒絶されることの多い困難な務めなのかもしれません。

●挿絵は、京都在住のクリスチャン、高屋朋子さんの描かれたものです。

2014.6.1


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