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1章24~25節


創世記1章24~25節

【新改訳2017】

24 神は仰せられた。「地は生き物を種類ごとに、家畜や、這うもの、地の獣を種類ごとに生じよ。」すると、そのようになった。

כד וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים תֹּוצֵא הָאָרֶץ נֶפֶשׁ חַיָּה לְמִינָהּ בְּהֵמָה
וָרֶמֶשׂ וְחַיְתֹו־אֶרֶץ לְמִינָהּ וַיְהִי־כֵן ׃

25 神は、地の獣を種類ごとに、家畜を種類ごとに、地面を這うすべてのものを種類ごとに造られた。神はそれを良しと見られた。

כה וַיַּעַשׂ אֱלֹהִים אֶת־חַיַּת הָאָרֶץ לְמִינָהּ וְאֶת־הַבְּהֵמָה לְמִינָהּ
וְאֵת כָּל־רֶמֶשׂ הָאֲדָמָה לְמִינֵהוּ וַיַּרְא אֱלֹהִים כִּי־טֹוב׃

ベレーシート

第五日には水に住む生き物(「ネフェシュ・ハッヤー」נֶפֶשׁ הַיָּה)と翼のある鳥が、第六日には地に住む生き物(「ネフェシュ・ハッヤー」נֶפֶשׁ הַיָּה)が造られます。ちなみに、人も同じく地に住む生き物です。

●24~25節で新しく登場する語彙は以下の三語です。

(1)「家畜」を意味する「ベヘーマー」(בְּהֵמָה)
(2)「這うもの」を意味する「レメス」(רֶמֶשׂ)
※水に群がりうごめく生き物の「うごめく」に「ラーマス」(רָמַשׂ)の分詞が使われています。地を這うものは爬虫類の生き物を意味します。
(3)「地の獣」を意味する「ハイトー・エレツ」 (חַיְתוֹ־אֶרֶץ)
※「ハイトー」(חַיְתוֹ)は「ハイ」(חַי)の連語形。

●神は確かに地に住むすべての生き物を創造されました。しかしそれは目に見えるものです。なぜ「家畜」ということばが登場しているのでしょうか。「私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです」(Ⅱコリント4:18)というパウロの視点に立って、そこに隠されているものに目を留めてみたいと思います。また、「神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められる」(ローマ 1:20 )とあるように、「被造物(万物)」は御子を表す「」(比喩)なのです。例えば、食物、きつねと穴、鳥と巣、烏、鳩、羊、山羊、囲い、門、岩、石、種、ぶどう、いちじく、オリーブの木など・・これらすべてはイェシュアを表わす「たとえ」なのです。被造物はイェシュアを表わすために存在していると言っても過言ではありません。そのことを使徒パウロは以下に述べています。

【新改訳2017】コロサイ人への手紙1章16~17節
16 なぜなら、天と地にあるすべてのものは、見えるものも見えないものも、王座であれ主権であれ、支配であれ権威であれ、御子にあって造られたからです。万物御子によって造られ、御子のために造られました。
17 御子は万物に先立って存在し、万物御子にあって成り立っています。
※「成り立っています」を、回復訳は「まとまっています」と訳しています。それは「御子にあって互いに結合している」ということです。

※「万物」のギリシア語は「パース」(πᾶς)ですが、Hebrew訳は「コール」(כֹּל)、「コル」(כָל־)、「クッラーム」(כֻּלָּם)が使われています。「クッラーム」(כֻּלָּם)は「コール」(כֹּל)の3人称複数です。

①【新改訳2017】詩篇8篇6節
あなたの御手のわざを人に治めさせ 万物(כֹּל)を彼の足の下に置かれました。
②【新改訳2017】詩篇119篇91節
それらは今日もあなたの定めにしたがって堅く立っています。
万物(「ハッコール」)はあなたのしもべだからです。
③【新改訳2017】イザヤ書44章24節
あなたを贖い、あなたを母の胎内で形造った方、【主】はこう言われる。「わたしは万物を造った【主】である。・・」


1. 「家畜」(「ベヘーマー」(בְּהֵמָה)

(1) 神に近づくために

●地の生き物としての「家畜」(「ベヘーマー」בְּהֵמָה)の中で、牛と羊はイスラエルにとってきわめて重要な生き物(「ネフェシュ・ハッヤー」נֶפֶשׁ הַיָּה)でした。なぜなら、それは人が神に近づくためになくてはならないものだったからです。

【新改訳2017】レビ記 1章2節
イスラエルの子らに告げよ。あなたがたの中でだれかが【主】にささげ物(קָרְבָּן)を献げる(קָרַב)ときは、家畜の中から(מִן־הַבְּהֵמָה)、牛(בָּקָר)か羊(צֹאן)をそのささげ物として献げなければならない。

●「ささげ物」(コルバン)と「献げる」は、いずれも、神に「近づく」という意味の「カーラヴ」(קָרַב)で、とても重要な語彙です。

●神に近づくためのささげ物をする時には「祭壇」が築かれました。ノアもアブラハムも神に祭壇を築きましたが、その場合のささげ物は「全焼のいけにえ」を意味しました。それは神への感謝と従順を表わす行為でした。

【新改訳2017】創世記 8章20節
ノアは【主】のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜から、また、すべてのきよい鳥からいくつかを取って、祭壇の上で全焼のささげ物を献げた。

【新改訳2017】創世記 12章7~8節
7【主】はアブラムに現れて言われた。「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える。」アブラムは、自分に現れてくださった【主】のために、そこに祭壇を築いた
8 彼は、そこからベテルの東にある山の方に移動して、天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は、そこに【主】のための祭壇を築き、【主】の御名を呼び求めた。

【新改訳2017】創世記 13章18 節
そこで、アブラムは天幕を移して、ヘブロンにあるマムレの樫の木のそばに来て住んだ。そして、そこに【主】のための祭壇を築いた

【新改訳2017】創世記 22章9節
神がアブラハムにお告げになった場所に彼らが着いたとき、アブラハムは、そこに祭壇を築いて薪を並べた。そして息子イサクを縛り、彼を祭壇の上の薪の上に載せた。

※しかし22章13節には、イサクの身代わりとなる雄羊(「アイル」אַיִל)が備えられていました。それでアブラハムは全焼のいけにえ(「オーラー」עֹלה)を献げたのです。

●ここに、イサク⇒身代わりの雄羊⇒イェシュアが指し示されています。「家畜」、特に「羊」はイスラエルの民が神に近づくためのいけにえであり、それはやがて御子イェシュアを啓示しているという意味において重要な「地の生き物=家畜」なのです。

●「ベヘーマー」(בְּהֵמָה)の他に、財産としての家畜、すなわち「ミクネ」(מִקְנֶה)があります。使用頻度は76回で創世記4章20節、13章2, 7節、26章14節など。「多くの牛や羊を所有することは、豊かな財産を持つこと」を意味すると同時に、キリストにある富を持つことも意味しています。


(2) 神が人のただ中におられるために

●ゼパニヤ書3章15節と17節に「(あなたの神)主は、あなたのただ中におられる」ということばがあります。「あなたのただ中におられる」というフレーズは、ヘブル語で「ベ・キルベーフ」(בְּקִרְבֵּךְ)となっています。この「ベ・キルベーフ」は「〜の中に」(in)という意味の前置詞「ベ」(בְּ)に、「あなたの」という人称語尾が付いた名詞で「中、内部」(within)を意味する「ケレヴ」(קֶרֶב)が一つになったフレーズです。それを新改訳も新共同訳も「あなたのただ中に」と訳しているのです。ちなみに、「ケレヴ」(קֶרֶב)の女性名詞は「キルヴァー」(קִרְבָה)ですが、その意味は「接近、近づくこと」となります。

●詩篇73篇の最後の節(28節)に、「悪しき者が栄えている」ことに対する妬みによる霊的葛藤の果てにたどりついた結論が記されています。そこにはこうあります。「しかし私にとって、神のみそば(近く)にいることが、幸せです。」と。神のみそばにいる(近くにいる)ということが至福の世界であることを悟った者の告白です。ちなみに、ヘブル人への手紙の著者は「神(神の御座)に近づく」ことができるということが「救い」だと教えています。

●このように、神に近づくために家畜の中から神にささげ物をした国民はイスラエルの民だけです。ただし、それらを神として拝んだ場合には神の怒りを招きました(詩篇106:19~23)。神と民が近づくために、「家畜」は必要不可欠な存在だったのです。

2. 「這うもの」(「レメス」רֶמֶשׂ)

●これは私たちが爬虫類と呼んでいるものです。爬虫類の「爬」の字は「地を這う」の意味を持っています。トカゲ(スキンクトカゲ、オオトカゲ、ヤモリ、アガマ、イグアナ、カメレオンなど)、ヘビ。

【新改訳2017】レビ記11章29~30節
29 地に群がるもののうち次のものは、あなたがたにとって汚れたものである。すなわち、もぐら、跳びねずみ、大トカゲの類、
30 ヤモリ、ワニ、トカゲ、砂トカゲ、カメレオンである。

●創世記3章14節で、蛇は、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれ、腹ばいで歩くように主によって命じられています。蛇は神に敵対するものたちと言えます。

3. 「地の獣」(「ハイトー・エレツ」חַיְתוֹ־אֶרֶץ)

●「地の獣」である肉食動物は、しばしば強大な諸国を表わしています。神はイスラエルの民を矯正させるための道具としても、それらの国々を用いられました。

●ダニエル書(7:3-8,11,12,15-26)に登場する4頭の獣は以下の通り。最初は鷲の翼があったものの,後でそれを失って人間の特質を帯びた獅子(ライオン)。多くの肉をむさぼり食う熊。四つの翼と四つの頭を持つ。 それに、実際のどんな動物にも該当せず、際立って強く、大きな鉄の牙と10本の角があり、目と「大言壮語する口」のあるもう1本の角が生えてくる第4の。歴史的にイスラエルを支配してきた強国(バビロン)、メディア・ペルシャ、ギリシア、ローマなど)を指します。

●同じ国民またはその支配者が、別の預言の中では別の動物で象徴的に表わされている場合があります。例えば,エレミヤ書 50章17節ではアッシリアとバビロンの王たちが獅子(ライオン)によって表わされている一方、エゼキエル書 17章3~17節ではバビロンとエジプトの支配者が大鷲によって描かれています。またヨエル書では「力強く、数えきれない国民」(1:6)の来襲がいなごの大軍の来襲に例えられています。その国民はアッシリア、バビロン、ペルシア、ギリシア、ローマ、そして最後は反キリストによる勢力が考えられます。

まとめ

●創世記1章24~25節にある「家畜」「這うもの」「地の獣」、は文字通りに受け取ることもできますが、神のご計画においてはそれは表面的な理解でしかありません。それらがやがて「キリスト」との関係においていかなる意味があるのかを考える時、「家畜」は「神の民イスラエル」を表し、「這うもの」と「地の獣」とは「イスラエル以外のすべての諸国民(「ゴーイム」גוֹיִם)」を表わしているとも考えられます。「人」(「アーダーム」אָדָם)は「最後のアダム」として、あるいは「第二の人」としてそれらすべてを治め支配する者として、神は創造されることを表しています。地の生き物のすべて(人も含めて)、すべてが御子(キリスト)をあかしし、御子のために存在しているのです。

2020.2.11
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