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わたしはアコルの谷を望みの門としよう

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2. わたしはアコルの谷を望みの門としよう

【聖書箇所】ホセア書 2章2~23節

ベレーシート

  • ホセア書の2章は、前半と後半の二つに大きく分かれます。

前半(2:2~13)は、北イスラエルが恋人たちであるバアルを慕い仕えた日々に、主が報いるという悲劇。
後半(2:14~23)は、主が彼女を再び荒野に連れて行って出直しをするという回復の約束。

1. 恋人たちの後を追うことは、幻想の運命に終わる

  • 5節はイスラエルの民がなぜ恋人たちの後を追ったのか、その理由について記しています。

    【新改訳改訂第3版】ホセア書 2章5節
    彼らの母は姦淫をし、彼らをはらんで恥をさらし、そして言った。『私は恋人たちのあとを追う。彼らは私にパンと水、羊毛と麻、油と飲み物を与えてくれる』と。

  • 上記の箇所で「」と最初の「彼ら」とは、北イスラエル全体と個々のイスラエルの民を表わしています。「恋人たち」は、新共同訳、岩波訳では「愛人たち」と訳しています。彼らを「追う」「追いかけていく」のにはそれなりの理由があります。その理由とは、この恋人たちが自分に「パンと水、羊毛と麻、油と飲み物を与えてくれる」とあるように、これからもずっと素敵な暮らしや豊かな生活をもたらし、保障してくれるものと信じているからです。しかし、恋はしばしば幻想に終わるものです。ここでの「恋人たち」とはカナンの各地に祭られている偶像の神バアル(בַּעַל)のことを指しています。
  • 「恋」や「恋愛」をした人なら分かるでしょう。恋は人を盲目にしてしまう魔力をもっています。恋をしている本人はその危うさに全く気づかず、自分の見る目は確かで大丈夫と思い込んでしまいます。ですから、イスラエルの民もどこまでも恋人たちを慕って後について行こうとするのです。しかしその運命は残酷です。なぜならそれは幻想の運命に終わるからです。そのことを最もよく知っておられるのが真の夫である神ご自身です。ですから、こう述べています。

【新改訳改訂第3版】ホセア書2章7~8節
7 彼女は恋人たちのあとを追って行こう。しかし、彼らに追いつくことはない。彼らを捜し求めよう。しかし、見つけ出すことはない。彼女は言う。『私は行って、初めの夫に戻ろう。あの時は、今よりも私はしあわせだったから。』

8 彼女に穀物と新しいぶどう酒と油とを与えた者、また、バアルのために使った銀と金とを多く与えた者が、わたしであるのを、彼女は知らなかった。


2. 土地の賦与による豊かさの危機はすでに警告されていた

  • エジプトから救い出された神の民イスラエルは、荒野において神の恵みを十分に味わいました。生存と防衛の保障を経験したのです。しかし、約束の地カナンでの土地の賦与は、聖なる民にとって危機をもたらしました。その危機とは自分に豊かさをもたらしてくれる存在が神ではなく、恋人たちだと考えるようになる危機です。
  • 移動生活から定住生活になり、食べる物は生産することによって手に入るようになりました。どのようにすればより多くの生産をもたらすことができるか、先住のカナン人たちにその方法を聞けば教えてくれる環境の中に身を置くようになったのです。そうこうするうち、すべては神が与えてくださるということを忘れてしまったのです。
  • カナンの地に入る前に、神はモーセを通して警告していました。

    【新改訳改訂第3版】申命記8章10~11節、17~19節
    10 あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜った良い地について、あなたの神、【主】をほめたたえなければならない。
    11 気をつけなさい。私が、きょう、あなたに命じる主の命令と、主の定めと、主のおきてとを守らず、あなたの神、【主】を忘れることがないように。

    17 あなたは心のうちで、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」と言わないように気をつけなさい。
    18 あなたの神、【主】を心に据えなさい。主があなたに富を築き上げる力を与えられるのは、あなたの先祖たちに誓った契約を今日のとおりに果たされるためである。
    19 あなたが万一、あなたの神、【主】を忘れ、ほかの神々に従い、これらに仕え、これらを拝むようなことがあれば、きょう、私はあなたがたに警告する。あなたがたは必ず滅びる。

  • 19節の「あなたが万一、あなたの神、【主】を忘れ、ほかの神々に従い、これらに仕え、これらを拝むようなことがあれば、きょう、私はあなたがたに警告する。あなたがたは必ず滅びる。」というメッセージが、ホセア書では「わたしは、彼女がバアルに香をたき、耳輪や飾りを身につけて、恋人たちを慕って行き、わたしを忘れてバアルに仕えた日々に報いる。」(ホセア2:13)と語られています。「報いる」と訳された原語は「ファーカド」(פָקַד)で、「罰する」というさばきを意味します。

3. イスラエルの回復のための終末的預言

(1) 荒野に連れて行き、優しく語る

  • 14節の「荒野に連れて行き、優しく語る」とは、結婚で例えるならば、破局によって離婚した夫婦が、新たな決意をもって、再婚するようなものです。ただしその回復の手立てのリーダーシップは常に夫である神にあります。岩波訳はこの箇所を次のように訳しています。

    それゆえ、見よ。
    わたしは彼女を誘い、彼女を荒野に導き、その心に語りかけよう


    (1) 主語の「わたしは」は、独立1人称の「アーノーヒー」(אָנֹכִי)
    (2) 「くどく」(口語訳・新共同訳は「いざなう」)は、「ファーター」(פָתָה)、「納得させる」の意。
    (3) 荒野に「導く」「連れて行く」は、「ハーラフ」(הָלַךְ)
    (4) 「語りかける」は、「ダーヴァル」(דָּבַר)。しかも「心に届くまで」(「アル・レーヴ」עַל־לֵב)


    ●終わりの日に、主はイスラエルを荒野(「ミドゥバール」מִדְבָּר)に連れ出すとあります。荒野にはバアルの神はいません。イスラエルは荒野において再び主を知るようになるのです。実際そのような状況がもたらされるのは、反キリストが立ち上がって神の民を抹殺しようとする時でしょう。その時、イスラエルの民は荒野に連れ出されることを余儀なくされるのです。

    ●そのことがヨハネの黙示録に預言されています。
    【新改訳改訂第3版】12章6節、14節
    6 女(イスラエル)は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。

    14 しかし、女は大鷲の翼を二つ与えられた。自分の場所である荒野に飛んで行って、そこで一時と二時と半時の間、蛇の前をのがれて養われるためであった。


(2) アコルの谷を望みの門に

  • かつてイスラエルの民はアイとの戦いにおいて敗北を帰しました。その敗北の原因は聖絶すべきものを盗んだアカンの罪によるものでした。それゆえ、アカンとその一族が石打ちの刑で処罰された所、それが「アコルの谷」(ヨシュア7:26、ホセア2:15)です。「アコル」の語源である「アーハル」(עָכַר)とは、「わざわいをもたらす」という意味です。神のさはぎがなされた後の戦いで、イスラエルの民はアイとの戦いで大勝利を収めました。
  • ホセア書2章15節の「わたしはその所を彼女のためにぶどう畑にし、アコルの谷を望みの門としよう。」とは、悔い改めて神に立ち返ることによって(再婚することによって)、荒野が豊かなぶどう畑に変えられ、希望の門が開かれるという神の約束です。「荒野」が「豊かなぶどう畑」に変えられるというのは、地の呪いが解かれた結果であり、すべての災いもなくなって、長い間待ち望んで来た永遠の祝福の「門」が開かれることを意味します。
  • 「望み」と訳された原語は名詞の「ティクヴァー」(תִּקְוָה)ですが、その動詞の「カーヴァー」(קָוָה)は、「信頼しながら、期待しながら、主を仰ぎ望みながら、沈黙の中で主の救いを待ち望む」という意味です。イザヤ書40章の「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(40:30~31)にも、この「カーヴァー」(קָוָה)が使われています。鷲が風によって高く舞うように、人生における様々な向かい風(逆風)を、むしろ揚力として高く空に駆け上がる力とするのは、主を待ち望む者に約束された恵みです。その「待ち望み」の門が実際に開かれる時には、まさに想像を絶する世界になると思います。なんと心躍らされる主の約束でしょう。

(3) その日、永遠の契りが結ばれて主を知るようになる

【新改訳改訂第3版】ホセア書2章16~23節(=新共同訳は18~25節)
16 その日、──【主】の御告げ──あなたはわたしを『私の夫』と呼び、もう、わたしを『私のバアル』とは呼ぶまい。
17 わたしはバアルたちの名を彼女の口から取り除く。その名はもう覚えられることはない。
18 その日、わたしは彼らのために、野の獣、空の鳥、地をはうものと契約を結び、弓と剣と戦いを地から絶やし、彼らを安らかに休ませる。
19 わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ。正義と公義と、恵みとあわれみをもって、契りを結ぶ。
20 わたしは真実をもってあなたと契りを結ぶ。このとき、あなたは【主】を知ろう。
21 その日、わたしは答える。──【主】の御告げ──わたしは天に答え、天は地に答える。
22 地は穀物と新しいぶどう酒と油とに答え、それらはイズレエルに答える。
23 わたしは彼をわたしのために地にまき散らし、『愛されない者』を愛し、『わたしの民でない者』を、『あなたはわたしの民』と言う。彼は『あなたは私の神』と言おう。」

  • その日」(「ヴァッヨーム・ハフー」בַיּוֹם הַהוּא)が三度繰り返されています(16, 18, 21節)。
    ① イスラエルの民は主を「私の夫」と呼ぶようになる。
    ② 主は彼らを安らかに休ませる。
    ③ 天と地がひとつとなり、多くの実を結ぶようになる。
    ④ 「ロー・ルハーマー」、「ロー・アンミー」の「ロー」(否定辞)は打ち消され、神に愛されて、神の民となるのです。
  • ホセア書2章16~23節で語られている終末の救済預言は、イザヤ書7章、9章、11章のメシア預言、エレミヤ書31章の新しい契約の預言、エゼキエル書37章のイスラエルの民の復活預言と並んで、旧約預言の頂点(クライマックス)をなしていると言えます。御子イェシュアが語られた「御国の福音」にはこうした預言を土台としています。イスラエルが再び神の民とされる「御国の福音」が異邦人の救いを巻き込みながら、いかに偉大で、どれほど恵みに満ちているか、そのことを私たちは悟らなければならないのです。


2015.3.4


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