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わたしは彼らの栄光を恥に変える

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4. わたしは彼らの栄光を恥に変える

【聖書箇所】ホセア書 4章1~19節

ベレーシート

  • ホセア書4章は、北イスラエル王国の霊性についてよく表わしている章です。7節の聖句を4章のキーバース(鍵句)として、彼らの霊性を見てみたいと思います。

【新改訳改訂第3版】ホセア書4章7節
彼らはふえるにしたがって、ますます、わたしに罪を犯した。わたしは彼らの栄光を恥に変える。


1. 彼らは・・わたしに罪を犯した

  • 7節の「彼ら」とは、北イスラエル王国の人々のことです。その「彼ら」に対して、主は「わたしに罪を犯した」と述べています。ここにある「罪を犯す」とは「ハーター」(חָטָה)で、「的をはずす」、あるいは「ボタンを掛け間違える」という意味であり、そのことによって、なすべき方向や目的を見失うことを意味します。
  • ソロモンの罪によってその王国は、ソロモンの死後に北イスラエル王国と南ユダ王国の二つに引き裂かれました。その際、北王国のリーダーとなったのがヤロブアムです。彼は手腕家であり、「ソロモンはこの若者の働きぶりを見て、ヨセフの家(エフライム部族)のすべての役務を管理させた。」(Ⅰ列王記11:28)とあります。しかしヤロブアムが北王国の王となったとき、彼の罪(「ハッタート」חַטָּאת)がその王国の全歴史を支配し、最後まで貫いていきます。「ダビデの道」と対比される北イスラエルの罪の象徴はなんと「ヤロブアムの道」なのです。この「ヤロブアムの道」について、聖書は次のように記しています。

【新改訳改訂第3版】Ⅰ列王記12章26~28節
26 ヤロブアムは心に思った。「今のままなら、この王国はダビデの家に戻るだろう。
27 この民が、エルサレムにある【主】の宮でいけにえをささげるために上って行くことになっていれば、この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、私を殺し、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。」
28 そこで、王は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」
29 それから、彼は一つをベテルに据え、一つをダンに安置した。
30 このことはとなった。※「罪」=「ハッタート」(חַטָּאת)

  • ヤロブアムは、神のみこころよりも自分の思いを先行し、神が律法(トーラー)の中で定めたことに対して「もう、必要はない」と言って変更を加えています。さらには、神殿で仕える祭司は律法ではレビ族と決まっていたにもかかわらず、一般の人々から起用したり、主の例祭も律法で定められた日を一月遅らせたりと、自分勝手に操作しました。自分のものを人に奪われたくないという自己保身のために、神の命令に敵対しているのです。これが「ヤロブアムの道」であり、北イスラエル王国を最後まで貫いた霊性です。

2. 的をはずして得たものは「繁栄」

  • 「彼らはふえるにしたがって、ますます、わたしに罪を犯した」とあります。ここで「ふえる」と訳されたヘブル語動詞は「ラーヴァヴ」(רָבַב)です。これはרבという二根字からなる動詞です。この二根字から「ラーヴァヴ」(רָבַב)の他に、同じく「増える、大きくなる、増やす、多くする、得をする」を意味する「ラーヴァー」(רָבָה)があります。その他にも「(矢を)射る」を意味する「ラーヴァヴ」(רָבַב)。そして、名詞の数の単位で「万」を意味する「レボー」(רְבּוֹ)があります。これらは繁栄用語です。
  • 「繁栄という名の偶像」というタイトルの本がありましたが、北イスラエル王国には繁栄をもたらす偶像が多くはびこっていたのです。今日の言葉で言うなら、まさに「繁栄の神学」なのです。
  • 病人が多くなれば病院が儲かるように、罪が多くなると得をするのは祭司たちでした。なぜなら、人々が持ってくるいけにえやささげものが祭司たちの生活を潤していたからです。ですから、北イスラエルでは多くの祭壇が造られ、多くの神殿が建てられました(ホセア8:11, 14)。「彼らはふえるにしたがって、ますます、わたしに罪を犯した。」と主は告発しています(7節)。
  • 今日、「繁栄の神学」によって教会を建て上げようとする傾向があります。その中にいる人々は目に見える大きさや数の多さに惑わされ、物質的な祝福が神からのものだと吹き込まれます。そうした繁栄を求める人々の運命は、やがて「恥を見るようになる」のです。

3. 彼らの栄光(繁栄)を恥に変えられる主

  • わたしは彼らの栄光を恥に変える」とあります。ここでの「栄光」とは神の栄光ではなく、物質的な豊かさ(riches)、繁栄を意味します。主は「栄光」を「恥」(「カーローン」קָלוֹן)に「変える」(「ムール」מוּר)方です。「恥に変える」とは、自分たちが築いてきたすべてのものが崩れて失望に終わること、狼狽して自滅することを意味しています。19節に「風はその翼で彼らを吹き飛ばす。彼らは自分たちの祭壇のために恥を見る。」とありますが、この「風」とは、やがて彼らに訪れるアッシリヤのことであり、イスラエルはその風によって破滅させられることが語られています。
  • ちなみに、19節の「恥を見る」と訳された動詞には「ボーシュ」(בּוֹשׁ)が使われていますが、これもבּשׁという二根字からなる動詞です。興味深い事に、4章には「三つの二根字動詞」があります。その周辺の語彙を調べてみることによって、北イスラエルの人々の霊性とその運命がより明白に浮かび上がってくるかも知れません。

2015.3.7


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