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姦淫の霊に支配された指導者たちの罪

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5. 姦淫の霊に支配された指導者たちの罪

【聖書箇所】ホセア書 5章1~15節

ベレーシート

  • 預言者ホセアが活動を始めたのは、北イスラエルにおいて最も長い治世(41年)を誇ったヤロブアム二世の時です。この時代は繁栄と平和を誇った時代でしたが、その背景にやがて亡国の憂き目となる目に見えない問題が横たわっていました。ヤロブアム二世の治世が終わってから、舟が舵を切るたびに(王朝が代わるごとに)、北イスラエルを沈ませる岩に向かって進んで行きます。
  • 北イスラエルの繁栄と平和は、「姦淫の霊」に支配された指導者たちの偶像礼拝によってもたらされました。それは彼らにとってきわめて魅惑的であり、そう簡単に手放せるようなものではなかったのです。

1. 指導者階級に対する主のさばきの宣言

  • 5章1~3節までは主自身が語られたことばです。

【新改訳改訂第3版】ホセア書5章1~3節
1 祭司たちよ。これを聞け。イスラエルの家よ。心せよ。王の家よ。耳を傾けよ。あなたがたにさばきが下る。あなたがたはミツパでわなとなり、タボルの上に張られた網となったからだ。
2 曲がった者たち(シッテム)は落とし穴を深くした。わたしは彼らをことごとく懲らしめる。
3 わたしはエフライムを知っていた。イスラエルはわたしに隠されていなかった。しかし、エフライムよ、今、あなたは姦淫をし、イスラエルは身を汚してしまった。

  • 1節に「祭司たち」「イスラエルの家」「王の家」とあります。真ん中の「イスラエルの家」とは「長老たち」のことであり、祭司、長老、王というイスラエルの三つの指導者階級にある者たちに対して、それぞれ「聞け」「心せよ」「耳を傾けよ」と命じています。ちなみに、それらの命令形の基本形は「聞く」(「シャーマ」שָׁמַע)、「心を留める」(「カーシャヴ」קָשַׁב)、「耳を傾ける」(「アーザン」אָזַן)です。
  • これら三者の指導者たちに対して神のさばきが下るという宣告です。その理由は、彼らがイスラエルの民が陥るような間違った「わなを設け」「網を張り」「穴を深くした」からです。「ミツパ」、「タボル」、「シッテム(「セーティーム」שֵׂטִים、但し、口語訳・新共同訳のみ)」はみな偶像礼拝の中心地です。
  • 指導者たちが「姦淫の霊」に支配されているため、イスラエルの民は身を汚すだけでなく、悔い改めて神に立ち返ることができず、その結果、主を知ることができない状態となってしまったことがそのさばきの理由です。またそのさばきは、「懲らしめる」「食い尽くす」「打ち砕く」という形でもたらされます。このように、三つの語彙によるリズムによって印象づけられるように構成されています。
  • イスラエルの民は主の妻であるゆえに、他の主人(バアル)を慕うことは姦淫をすることになるのです。旧約聖書では妻が不貞を犯すことを「姦淫」と言います。ホセア書において、「姦淫」という語彙は、「知る」という語彙と共に重要です。

    A. 動詞
    (1) 「ザーナー」(זָנָה)ー「淫行をする」、61回中13回。
    1:2, 2/2:5/3:3/4:10,12,13,14,15,18,18/5:3/9:1
    (2) 「ナーアフ」(נָאַף)ー「姦淫を行う」、31回中5回。
    3:1/4:2,13,14/7:4

    B. 名詞
    (1) 「ゼヌーニーム」(זְנוּנִים)ー「淫行・姦淫」、12回中6回
    1:2,2/2:2,4/4:12/5:4
    (2) 「ナアフーフィーム」(נַאֲפוּפִים)ー「姦淫・姦通」、1回のみ
    2:2

わたし(=主)はエフライムを知っていた。」(5:3)
しかし、

彼ら(エフライム)は主を知らない。」(5:4)

この構図が姦淫です。「知る」とは、
夫と妻の関係、つまり結婚の契約にあることを意味しています。イスラエルはかつてシナイ山において、神との合意の下、神の妻としての立場を与えられたことを意味します。

2. 北イスラエル(=エフライム)に対するさばき

  • 5章8節以降から場面が変わっています。7節と8節を結んでいる橋は、7節後半の「今や、新月が彼らとその地所を食い尽くす」です。「新月」とは毎月の新月に行なわれた祭りですが、この祭りはすでに「バアル崇拝」となっていました。七十人訳(LXX訳)ではこの「新月」を「いなご」と翻訳しています。「いなご」とはアッシリヤを意味します。その「いなご」によって、やがてはイスラエルもユダも「食い尽くされる」運命にあります。偶像礼拝は豊穣をもたらすバアル崇拝だけでなく、生存と防衛の保証としてアッシリヤという強国に拠り頼むことも含まれているのです。
  • 8~14節には、北イスラエル(エフライム)が取った国策に対するさばきが記されています。主の激しい怒りが水のように注がれることで、イスラエルは打ち砕かれ、荒れすたれて滅びます。それは、むなしいものを慕って歩んだからです。具体的には、エフライムがアラムと同盟を結んだこと、またアッシリヤに助けを求めて貢物をしたことなどが含まれます。

3. 悔い改めるなら、運命は逆転する

  • 最後に、5章15節のみことばに目を留めたいと思います。なぜなら、イスラエル(エフライム)の人々が悔い改めて神を慕い求めるなら希望があることを示唆しているからです。

【新改訳改訂第3版】ホセア書5章15節
彼らが自分の罪を認め、わたしの顔を慕い求めるまで、わたしはわたしの所に戻っていよう。彼らは苦しみながら、わたしを捜し求めよう。


【新共同訳】
わたしは立ち去り、自分の場所に戻っていよう。彼らが罪を認めて、わたしを尋ね求め/苦しみの中で、わたしを捜し求めるまで。


15節の「彼らが自分の罪を認め、わたしの顔を慕い求めるまで」の部分は、新改訳2017では原文通り「彼らが罰を受け、わたしの顔を慕い求めるまで。」と改訳されています。つまり「自分の罪を認め」とは意訳です。しかし主の御顔を慕い求めるようになるためには、彼らが自分の罪を認めることが前提であることは言うまでもありません。その場合の「罪」とは、彼らがメシアを拒絶したという罪です。

【渇望用語】
「慕い求める」・・「バーカシュ」(בָּקַשׁ)
「捜し求める」・・「シャーハル」(שָׁחַר)

「シャーハル」は詩篇63篇1節にも使われています。
「 神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。」

「シャーハル」は「捜し求める」という意味ですが、これが強意形のピエル態で使われているため、そのニュアンスを出すために「切に」とか、「熱心に」と訳されます。また、この「シャーハル」の名詞形「シャハル」(שַׁחַר)は「暁、夜明け、朝早く」という意味もあるため、「私は朝早くあなたを求めます」と訳すこともできるのです。

私はあなたを切に求めます」のへブル語は、
「アシャハレハー」(אֲשַׁחֲרֶךָ)と表現します。いつもそのような主とのかかわりを持ちたいものですが、それは「荒野」において可能です。「荒野」とは神だけを当てにする世界、神から来る恩寵を味わう世界です。それゆえ、私たちは「荒野の学校」での訓練が必要なのです。

אֲשַׁחֲרֶךָ


2015.4.8


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