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サファイヤ

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1. 大祭司の胸当てに埋め込まれている12の宝石

(5) 「サファイヤ」ー「シメオン部族」

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ベレーシート

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  • 「サファイヤ」(新改訳、新共同訳)と訳されたヘブル語の「サッピール」(סַפִּיר)は、「るび」(口語訳)、「青玉」(岩波訳)とも訳されます。出エジプト記24章10節には「御足の下にはサファイヤを敷いたようなものがあり、透き通っていた青空のようであった」とあります。また、エゼキエル書1章26節、10章1節で王座がサファイヤのような外観を呈しているのをエゼキエルは見ています。
  • 雅歌では、花嫁の愛する方のからだを「サファイヤでおおった象牙の細工」として描いています(雅歌5:14)。「からだ」と訳されたヘブル語は「メ―エ」(מֵעֶה)、その複数形は「メーアイム」מֵעַיִם)で、腹部や内臓やはらわたを意味する語彙です。新共同訳では「胸」と訳されています。詩篇40篇8(9)節では「心」と訳されています。つまり、雅歌では愛する方の心が澄んだサファイヤの青空のごとく表現されているのです。「青」は御座の色、神の純粋な心です。ある特別な貝から採取される色のようで、高価で、それなりの代価を払うほどに価値ある色です。

1. 「シメオン」の語源は「(主が)聞かれた」という意味の「シャーマ」

  • 長子の「ルベン」(רְאוּבֵן)は、主がレアの悩みをご覧になって「ルベン」と名付けられましたが、二人目の「シメオン」(שִׁמעוֹן)の場合は、主がレアの悩みを聞かれたので「シメオン」と名付けられました。この「シメオン」の名前がエポデの第二列目の真ん中に刻まれているのです。
  • 「見る」と「聞く」が並んでいることに神の秘密があります。

    【新改訳改訂第3版】出エジプト記3章7節

    【主】は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。

  • 民の苦しみを「確かに見」と訳された部分には、「見る」(「ラーアー」רָאָה)という動詞が二回重ねられています。また、その彼らの叫びを「聞いた」(שָׁמַע)主は、モーセをエジプトのパロのもとに遣わされました。
  • 創世記16章13節に「エール・ローイ―」(אֵל רֹאִי)という神の名前があります。それは「神が私をご覧になった」という意味です。この箇所の「私」とは、サライの女奴隷ハガルです。彼女はアブラムの子をみごもりました。そして女主人であるサライを見下げるようになりました。そのことで女主人であるサライのいじめに会い、ハガルはサライのもとから逃げ去りました。しかし、主の使いは彼女を見つけて、サライの所に帰るように諭します。そして彼女に祝福を告げます。そのときのことばはこうです。

    新改訳改訂第3版 創世記16章10~11節
    10 また、【主】の使いは彼女に言った。「あなたの子孫は、わたしが大いにふやすので、数えきれないほどになる。」
    11 さらに、【主】の使いは彼女に言った。「見よ。あなたはみごもっている。男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。【主】があなたの苦しみを聞き入れられたから。

  • 女奴隷ハガルに対する主の恵みが記されています。主は彼女を「見つけ」、彼女の苦しみを「聞き入れられた」のです。ここに「見る」と「聞く」という二つの恩寵がワンセットになっています。

2. 「シメオン」の精神

  • 主が「聞かれた」という意味の「シメオン」ですが、「神が聞かれる」とは神の属性なのです。それは私たちの叫びに対していつも開かれていることを意味します。とすれば、私たちも神の声を聞くために、いつも開かれている必要があります。神の声を「聞く」ことは、神に「従う」ことと同義なのです。それはまさにサファイヤのように澄んだ青空のような心です。
  • 創世記22章にも神の名前が啓示されています。「主の山には備えがある」というフレーズで知られていますが(22:14)、その神の名前は「アドナイ・イルエ」です。正確には、神聖四文字の「アドナイ」(יהוה)に、「見る」を意味する「ラーアー」(רָאָה)が結びついた名前です。そして、その後で、主はアブラハムに対する祝福を再び約束されます。その時の主のことばが18節です。「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」
  • このように、主の声に聞き従うことこそ、神性を表わす紺碧の空の色、すなわち「サファイヤ」の象徴です。詩篇40篇はメシア詩篇のひとつですが、その中で、「あなたは私の耳を開いてくださいました。・・・わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのおしえは私の心(「メーアイム」מֵעַיִם)のうちにあります。」と作者は告白しています。そしてこのことは、イェシュア・メシアによって成就されたのです。


2014.4.28


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