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ダビデは初めて音楽を用いて主を礼拝させた

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16. その日その時、ダビデは初めて音楽を用いて主を礼拝させた

【聖書箇所】Ⅰ歴代誌 16章1~43節

ベレーシート

琴を奏でるダビデ.JPG
  • Ⅰ歴代誌16章は、ダビデ的メシア(つまり、王的メシア)の預言とその成就において極めて重要な示唆を与えてくれる偉大な章です。私個人においても、この16章は礼拝用語の驚くほどの豊かさに気づかされ、神と自分を建て上げる最高のテキストとして詩篇の瞑想を本格的に取り組むに至らせてくれた記念すべき章でもあります。
  • イエス・キリストがユダヤ人の指導者たちに対して、「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。」と言われましたが、Ⅰ歴代誌16章がどのようにしてキリストである方をあかししているかに注目したいと思います。

1. 神の箱をエルサレムに運び込み、用意した天幕の真ん中に安置した

  • 1節に「こうして、彼らは、神の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真中に安置した。・・それから、彼らは神の前に・・いけにえをささげた。」とあります。サウルに代わって王となったダビデは、自分があくまでも真の王である主の代理者でしかないことを十分に承知していました。ですから、この主にいつも伺いを立て、この方を新しいスタイル(音楽を伴う)で礼拝しようとしました。神の契約の箱を天幕の中に安置することは、イスラエルのまことの王として、神である主をお迎えすることを意味しています。このことが、ダビデ的メシアの預言的行為となります。
    ダビデ的メシアとは、メシアの職務における「王的支配の務め」を意味しています。
  • ちなみに、「油注がれた者」を意味する「メシアの職務」には三つあります。
メシアの三つの職務.JPG

(1) メシアの預言者的務め
第一は、「預言者的務め」です。イェシュア(イエス)の預言者的務めは初臨において実現しました。「神がお遣わしになられるお方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。」(ヨハネ3:34)とあるように、御子イェシュアは御父のみこころを多くの人々に語りました。また、天の御国の奥義を語られました。「だれも神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子としての神が、神を説き明かされたのです。」(ヨハネ1:18)。

(2) メシアの祭司的務め
メシアの二つ目の職務は「祭司としての務め」です。これは十字架の死と復活を通して実現しており、今、現在も天において、神と人とをとりなしす仲介的務めを果たしておられます。

(3) メシアの王的支配の務め
第三の「王的支配としての務め」は、これからのことです。文字通り、この地上において「王としての務め」を果たすのは、キリストがこの地上に再臨されてからのことです。このときキリストは全イスラエルと異邦人の全諸国を統治されます。しかもそれは「王の支配する国」、すなわち「千年王国」として実現するのです。Ⅰ歴代誌16章にはそのことが預言されているのです。ダビデが神の臨在の象徴である箱を安置して主のみこころを伺ったように、千年王国でも同じことが実現します。ただ、少々異なるのは、千年王国では主ご自身がみずから再臨して、エルサレムを中心として王の王として全世界を統べ治められます。御国の民はイェシュアをメシアと信じるイスラエルの民(ユダヤ人)であり、また異邦人である私たちです。

イェシュアが弟子たちに教えられた「主の祈り」は、このことに深く関係しています。「御国が来ますように。みこころが天にあるごとく、地にもなさせたまえ」とは、天と地が、またその中にあるすべてのものが、王であるキリストにおいて一つとなることであり、これは千年王国においてはじめて実現します。「主は王である」というテーマをもった詩篇96~99篇はそのことを預言しており、心躍らされる預言的詩篇です。Ⅰ歴代誌16章にはその中の詩篇96篇だけが引用されています。


2. ダビデの新しい礼拝における豊かな礼拝用語

  • ところで、ダビデが神の箱の前でどのように礼拝したかといえば、それは音楽を伴う新しい礼拝です。7節には「その日その時、ダビデは初めてアサフとその兄弟たちを用いて、主をほめたたえた(「ヤーダー」יָדָה)。」とあります。そのとき歌われた賛美の詩篇にはどのような礼拝が呼びかけられているのか、その手掛かりは礼拝用語(動詞)に注目する必要があります。16章1~7節までに見られる礼拝用語を列挙してみると、以下のようになります。礼拝用語としての動詞を覚えることはとても重要です。

    ①「ささげる」(1節)・・・・「カーラヴ」(קָרַב)
    ②「仕える」(4節)・・・・・「シャーラット」(שָׁרַת)
    ③「覚える」(4節)・・・・・「ザーハル」(זָכַר)
    ④「感謝する」(4節)・・・・「ヤーダー」(יָדָה)
    ⑤「ほめたたえる」(4節)・・「ハーラル」(הָלַל)

  • 16章8節~22節は詩篇105篇からの引用ですが、そこにある「礼拝用語」も列挙してみると、以下のようになります。

    ①「感謝する」(8節)・・・・「ヤーダー」(יָדָה)
    ②「呼び求める」(8節)・・・「カーラー」(קָרָא)
    ③「知らせる」(8節)・・・・「ヤーダ」(יָדַע)
    ④「歌う」(9節)・・・・・・「シール」(שִׁיר)
    ⑥「ほめ歌を歌う」(9節)・・「ザーマル」(זָמַר)
    ⑦「思いを潜める」(9節)・・「スィーアッハ」(שִׂיחַ)
    ⑧「誇りとする」(10節)・・ 「ハーラル」(הָלַל)
    ⑨「慕い求める」(11節)・・ 「バーカシュ」(בָּקַשׁ)
    ⑩「尋ね求める」(11節)・・ 「ダーラシュ」(דָּרַשׁ)
    ⑪「喜ぶ」(10節)・・・・・ 「サーマハ」(שָׂמַח)
    ⑫「思い起こす」「覚える」(12, 13節)・「ザーハル」(זָכַר)

  • 16章23~33節は詩篇96篇からの引用です。35~36節も加えて、そこにある礼拝用語もチェックすると以下のようになります。

    ①「歌う」(23節)・・・・・「シール」(שִׁיר)
    ②「告げる」(23節)・・・・「バーサル」(בָּשַׂר)
    ③「語り告げる」(24節)・・「サーファル」(סָפַּר)
    ④「ささげる」(28節)・・・「ヤーハブ」(יָהַב)
    ⑤「携える」(29節)・・・・「ナーサー」(נָשָׂא)
    ⑥「行く」(29節)・・・・・「ボー」(בּוֹא)
    ⑦「ひれ伏す」(29節)・・・「ハーヴァー」(חָוָה)
    ⑧「おののく」(30節)・・・「フール」(חוּל)
    ⑨「喜ぶ」(31節)・・・・・「サーマハ」(שָׂמַח)
    ⑩「おこどりする」(31節)・「ギール」(גִּיל)
    ⑪「言う」(31節)・・・・・「アーマル」(אָמַר)
    ⑫「鳴りとどろく」(32節)・「ラーアム」(רָעַם)
    ⑬「勝ち誇る」(32節)・・・「アーラツ」(עָלַץ)
    ⑭「喜び歌う」(33節)・・・「ラーナン」(רָנַן)
    ⑮「感謝する」(34, 35節)・「ヤーダー」(יָדָה)
    ⑯「誇る」(35節)・・・・・「サーバハ」(שָׂבַח)
    ⑰「ほめたたえる」(36節)・「バーラフ」(בָּרַךְ)

ここで重要なことは、単に、礼拝用語が多くあるということではありません。
ダビデが真の礼拝者として、これらの礼拝用語を自ら生きた人だったということです。


2014.1.15


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