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モーセの誕生・成長・ミデアンへの逃亡

2. モーセの誕生・成長・ミデヤンへの逃亡

【聖書箇所】 出エジプト記 2章1節~22節

はじめに

  • 出エジプト記における最も重要な人物、それはモーセです。そのモーセの系図をまず頭に入れるところから始めたいと思います。系図は、「新聖書辞典」(いのちのことば社)より引用。

画像の説明

  • 系図を見ると分かるように、モーセはヤコブの子レビから四世代目に当たります。そして、姉ミリヤム、兄アロンの弟です。
  • モーセの誕生からミデヤンの地に逃れるまでの40年間についての資料は、使徒の働き7章22~29節、およびヘブル人への手紙11章23~27節に見ることができます。モーセの生涯はとてもわかりやすく、最初のエジプトでの40年間、ミデヤンでの40年間、そしてエジプトから民を救い出して荒野をさまよう40年間を過ごし、120歳でモアブのピスガにおいてその生涯を閉じます(申命記34:1~7参照)。

1. モーセの誕生と特徴

  • 「モーセ」、ヘブル語では「モーシェ」(מֹשֶׁה)、エジプトの王の娘が「水の中から私が引き出した」ことから、その名がついたとされます。「引き出す」は「マーシャー」(מָשָׁה)。
  • モーセについての際立った特徴は「かわいさ」です。ヘブル語では単に「トーヴ」(טוֹב)ですが、これがギリシャ語に翻訳されると「アステイオス」( ἀστεῖος)という語になります。新約で2回しか使われていない(使徒7:20, ヘブル11:23)ことばですが、いずれも、生まれたときのモーセのことを表現するのに使われています。この「アステイオス」とは都会的センスのある上品な美しさを意味することばです。尋常ではない、普通ではない、並ではない、英語ではno ordinary childと訳されています。モーセにしか使われていないことばということが驚きです。
  • ヘブル人への手紙11章23節では、両親が

    (1)その子の美しいのを見たから (新改訳、フランシスコ会訳、新共同訳)
    (2)子供のうるわしいのを見たから(口語訳)
    (3)その赤子の愛らしさを見て (柳生訳)
    (4)その子どもが非常に美しかったのを彼らが見たから (詳訳聖書)
    (5)その子(の顔立ち)が上品であると見たから(エマオ訳)
    (6)神の目にかなった子どもであったから (尾山訳)
    (7)優秀な子供が授けられたことを知ったから (LB訳)

と、「アステイオス」( ἀστεῖος)を訳しています。聖書がわざわざそのように記しているのですから、尋常ではなかったのだと思われます。モーセの両親は自分たちの子であるこのモーセのかわいらしさの中に、特別な神からのサインを感じたのかもしれません。また、no ordinary child であったがゆえに、エジプトの王女は自分の子として養育しようと思ったのかも知れません。

  • 皮肉にも、男児殺害を命じたエジプトの王の娘の子として、しかも本当の母親によって乳が与えられ、やがては王宮の中で育てられていくことになります。これは神の不思議な計らいとしか言いようがありません。モーセは「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにもわざにも力がありました」と記されています(使徒7:22)。姿かたちだけでなく、王となるべき者にふさわしい最高の学問と教養を身につけさせられた「アステイオス」 ἀστεῖοςな人物なのです。

2. ミデヤン逃亡へと至るいきさつ

  • エジプトのプリンスであったモーセがなぜエジプトから逃亡しなければならなかったか。

「こうして日がたち、モーセがおとなになったとき、彼は・・・同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。」(11節)

  • このみことばにあるように、モーセがあることを「見た」ことから、予想外の方向へと展開していきます。モーセが同胞のために良かれと思ってしたことが、自分でも思いもしない形で、エジプトから逃亡しなければならなくなったのでした。
  • この2章には複雑なことが交錯しています。ここでラビたちと同様に腑に落ちない事を問いかけるとすれば、以下のような点です。

    ① 男児殺害の命令が出されているのに、なぜモーセの兄アロンは助かっているのか。
    ②モーセはいつ自分がヘブル人だとわかったのか。
    ③あるエジプト人がなぜあるひとりのヘブル人を打っていたのか。新改訳の11節の「打つ」と12節の「打ち殺す」とは訳語が異なりますが、原語は同じ動詞です。果たして、打たれたヘブル人は殺されてしまったのか、それとも一命を取りとめたのか。
    ④モーセがエジプト人を「打ち殺した」のは故意か、それとも予想外の事故か。
    ⑤モーセがエジプト人を打ち殺したことがなぜ人々に知られてしまったのか。
    ⑥パロがモーセをなぜ殺そうとしたのか。
    ⑦そもそも、だれがパロにモーセがエジプト人を打ち殺したことを伝えたのか。

  • 以上のような問いかけに対して、すべて回答を出す必要はありませんが、問いかけて考えることが、聖書を読む上で大切な事です。「読む力」を養うには、結論を得ても得なくても、問いかけ続ける必要があります。イェシュアがしばしば「耳ある者は聞きなさい」「聞くことに注意しなさい」と言われましたが、それは弟子たちに問いかけ続けることを求められたことばなのです。

3. ミデヤンの地における隠れた40年間の生活

  • モーセの生涯において最も重要な出来事は、次章の3章に記されている「神からの召命」です。しかしモーセに対する召命は、モーセがこの世に生まれ出る前から神の計画の中にあったことです。それが時至って明らかにされるのです。したがって、実際に神からの召命の声を聞くまでの期間も、実は神の計らいによって導かれているのです。
  • モーセがミデヤンである人の娘たちを他の羊飼いたちから守ったことから、彼女たちの父レウエルがモーセを自分の家に招いたとき、モーセは「思い切ってこの人といっしょに住むようにした」(2章21節)とあります。「思い切って」というのはなんとなく不自然な感じがしますが、「思い切って」と訳された原語は「ヤーアル」(יָאַל)で、本来は「決断する」「覚悟する」「愚かになる」「愚かに振る舞う」という意味です。少し前までエジプトのプリンスであったモーセが、今や行く宛もない身となり、これから生きていくためには自分が愚かになって(へりくだって)、この人と一緒に生きるほかなかったのです。そのことをモーセは自ら受け入れ、決断したのです。このミデヤンの地で生きるためには、ある意味では、これまでの自分に「思い切る」必要があったのです。
  • その決断をしたモーセに、レウエル(祭司イテロとも言います)は自分の娘チッポラを与えました。モーセは彼女との間に男の子を与えられ、「私は外国にいる寄留者(「ゲール」גֵר)だ」という意味の「ゲルショム」という名前をつけました。
  • モーセがミデヤンの地で過ごした40年の年月は、かつてのエジプトの生活から比べるなら、とても、ゆっくりと時間が流れていくような生活でした。エジプトで培った知識はこのミデヤンではほとんど必要とされませんでした。一つの家庭を持ちながら、また羊飼いという単調な仕事をしながら、静かな生活を余儀なくされました。しかしモーセはここで、神によって必要とされるそのときまで、彼に必要な訓練があったはずです。「大切なことは見えないのさ」(『星の王子さま』-サン・テグジュペリ)とあるように、このモーセのミデアヤンでの隠れた40年間の生活こそ、彼の人格を磨く大切な時だったのかもしれません。

2011.11.26


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