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恩寵用語想Ps45(2)

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詩45篇(2)「(油を)注ぐ」 מָשַׁח マーシャハ

〔カテゴリー賦与〕

7節「神よ。あなたの神は喜びの油をあなたのともがらにまして、あなたに注がれた。」(新改訳)

Keyword; 「(油を)注ぐ」 anoint, 45:7/89:20

  • 油を「注ぐ」と訳されたマーシャハ(מָשַׁח)は、旧約で70回、詩篇には45:7と89:20の2回です。89:20には「わたしは、わたしはのしもべダビデを見出し、わたしの聖なる油を彼に注いだ」とあります。この出来事は、サムエル記第一16:13に記されています。イスラエルの最初の王サウルは、神から王となるための油を、サムエルを通して注がれましたが、神への不従順のために、次の王となるダビデに油を注がれました。
  • 旧約では、王、祭司、そして預言者たちがその働きを神のみこころにそって務めることができるために、神からの任職の油が注がれました。この「油を注がれた者」は「マシーアッハ」(מָשִׁיחַ)、すなわち「メシア」と呼ばれます。
  • マシーアッハ(מָשִׁיחַ)は旧約では39回、詩篇では10回この名詞が使われています(2:2/10:50/20:6/28:8/84:/89:38/89:51/105:15/132:10/132:17参照)。しかし、この三つ(王、祭司、預言者)の油注ぎを兼ね備えた者こそ真のメシアであり、御父が遣わされた御子イエス・キリストです。「イエス・キリスト」とは、「イエス」は「キリスト」(ギリシア語でクリストス)という意味であり、「キリスト」は「マシーアッハ」(ヘ)、すなわち「メシア」のことなのです。
  • 詩45篇に登場する「王」は、やがて来臨される御子イエスを預言していますが、その王であるイエス・キリストに、御父は他の王たちや祭司たち、および預言者たちにまさって注がれたとしています。しかもその任職の油を「喜びの油」と言っています。「喜びの油」とはなにを意味するのでしょうか。「喜びの油」―それはなによりも「神に愛された者、そしてその神に喜んで仕える霊」のことです。単に、神に仕えるというのではなく、神に選ばれ、神との深い愛のかかわりをもった権威ある存在としての油注ぎです。真の預言者としてのイエス、真の大祭司としてのイエス、真の王としてのイエスは救いのみわざを完全に実現するために、再びこの世に来られます。
  • キリストにある者はすでにみなひとしく聖なる方の油注ぎにあずかっています(ヨハネの手紙第一、2:20参照)。ですから、使徒ヨハネはこう述べています。「・・キリストから受けた注ぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、・・また、その油があなたがた教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。」(ヨハネの手紙第一、2:27)。ヨハネはここで「キリストのうちにとどまることと油注ぎの関係」を教えています。

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