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恩寵用語Ps53

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詩53篇「元どおりにする」 שׁוּב シューヴ

〔カテゴリー救出〕

6 節b「神が御民の繁栄を元どおりにされるとき、ヤコブは楽しめ・・」(新改訳)
6 節b「彼が御自分の民、捕われ人を連れ帰られるとき、ヤコブは喜び踊り・」(新共同訳)   
(※原文では「繁栄」はなく、「神がその民、捕われ人(シェヴートשְׁבוּת)を返す時」とあります。)

Keyword; 「元どおりにする、回復する、連れ帰る、償う」bring back, restore, make again,
14:7/18:20, 24/19:7/23:3/28:4/51:12/54:5/68:22/71:20/78:38/80:3, 7, 14, 19/85:1, 3, 4, 6, 8/90:3, 13/・・etc.

  • 詩19篇でもヘブル語のシューヴ(שׁוּב)は取り上げましたが、そこでは魂の回復がテーマでした。しかし、ここではバビロンの地に捕囚となっているイスラエルの民に対して、シオンにおられる神が、やがてバビロンの地からご自分の民を連れ帰って、元通りにするときが来たならば、「喜び踊れ」と民に呼びかけている希望の詩篇です。
  • そして、それは実現しました。「主がシオンの捕われ人を帰された(שׁוּב)とき、私たちは夢を見ている者のようであった。そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。・・主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。」(126:1~3)
  • これは神の救いー解放と回復(again)のみわざーのひとつの型です。イスラエルの民がエジプトの地から解放されたことを初めとして、バビロンの捕囚の地からの解放、イエス・キリストの十字架と復活による罪と死からの解放、そしてキリストの再臨による敵からの完全な解放へとらせん状的に向かっていきます。
  • シューヴ(שׁוּב)は、主語が人であるときには、悔い改めて、神に立ち返ることを意味しますが、シューヴの主語が神である場合には、人間では到底なし得ない奇蹟的なことが起こることを意味しています。それはまさに解放と回復(again)のみわざです。
  • 個人のたましいの領域においても、あるいは民族的な領域においても、解放と回復のみわざはすべて神の独占的行為であり、一方的恩寵です。神のシューヴ(שׁוּב)の恩寵に対して人間ができることは、そのことを神に感謝し、それを楽しみ、喜ぶことしかありません。
  • ちなみに、詩53篇はほとんど詩14篇と同じですが、どこが違うのかというならば、神名のアドナイ(本当はヤーウェですが、ユダヤ人たちはアドナイと読みます)יהוהがエローヒーム(אֱלֹהִים)に変わっている点です。詩篇の第二巻が「エロヒーム詩篇」だと言われる所以がここにあります。しかし、その違いはいったい何を意味しているのでしょうか。そのひとつの答えとして、捕囚期が三世代に渡った民は、「主」(יהוה)というお方を現実に体験していなかったからかもしれません。愚か者は「神はいない」と言っている異教の世界の中で、その「神」がかつてイスラエルをエジプトから解放させた同じ「神」(אֱלֹהִים)であることを教える教訓(マスキール)的な詩篇とするためかもしれません。

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