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恩寵用語Ps55

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詩55篇「心配する」 כּוּל クール

〔カテゴリー育成〕

22 節「あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたのことを心配してくださる。主は決して正しい者がゆるがされるようなことはなさらない。」(新改訳)

Keyword; 「心配する、支える、迎え入れる」sustain, provide,

  • 22節は三つの文節からなっています。後の二つの文節にある恩寵動詞―「心配する」と「ゆるがされるようにはなさらない」―がみられます。
  • 後者の「ゆるがされるようにはなさらない」の直訳は「与えない、永遠に、つまずきを、義人に」です。「つまずきを与えない」という原文を様々に訳しています。「動揺しないようにはからってくださる。」(新共同訳)、「ゆるさない・・揺らぐのを」(岩波訳)、「ゆらぐのをとこしえに許されない」(フランシスコ会訳)
  • 後の二つの文節の前者にある「心配してくださる」のクールכּוּל(kul)の原義は「養う、扶養する、老後を看取る」です。これは生存を保障する強い言葉です。岩波訳では「迎え入れる」と訳しています。旧約で38回、詩篇では2回(55:22/112:5)です。
  • 私たちはそれぞれ様々な重荷を抱えています。自分に与えられた仕事、家族を扶養する責任、人として社会の中で果たすべき責任・・それらはみなある意味で重荷となります。そしてそれは明日への不安や恐れをもたらします。たとえ今良かったとしても、果たしてこれからもという安心の保障が得られない時、また自分の能力や健康に自信を失う時、生きること自体が重荷となります。人生の重荷のゆえに、生存が不安になるのです。
  • そのような者に神は語られます。「あなたの重荷を主にゆだねよ」と。「ゆだねる」と訳されたシャーラフשָׁלַךְ(shalakh)の原義は、「ころがす、投げかける」という意味です。高いところから石を転がせば、石はどこへ向かって転がっていくかわかりません。でも、主は「転がせ」と言われます。なぜなら、「主があなたのことを心配してくださる」からです。なんという心温かいことばでしょうか。
  • イエス・キリストも「すべて疲れた人、重荷を負った人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげよう」と言われましたが、この詩55篇22節の新約版と言えます。「休ませる」ということばは、単なる身体の休息というよりも、たましいの休息、心の安息、安心を意味し、究極的には神にある生存の保障を意味することばです。
  • ちなみに、この詩55篇22節のことばは、落ち目を経験したダビデに対して、敵が皮肉をこめて言ったことばです。おそらくダビデはこのようなことをいつも言っていたのかもしれません。しかし、その告白はある出来事を通して、その真価が問われることとなったのです。私たちも、順境のときに告白した神への信仰のことばが、逆境のときにも同じように告白できるかどうか、必ず問われるときが来るのだというのが、この詩篇がマスキール(教訓)とされていることの所以かもしれません。

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