日和見主義者を決して信用しないダビデ
サムエル記の目次
30. 日和見主義者を決して信用しないダビデ
【聖書箇所】 4章1節~12節
はじめに
- 上に立つリーダー的存在が亡くなったとき、人それぞれの真意が浮き彫りにされることがあります。4章の冒頭に、イシュ・ボシェテを擁立してサウル王家を支えてきた将軍のアブネルが死んだという知らせを聞いたとき、イシュ・ボシェテは「気力を失い」、イスラエル人もみな「うろたえた」とあります(1節)。
- そのあとに、サウル王に仕えていた二人の「略奪隊の隊長」のレカブとバアナはイシュ・ボシェテを暗殺し、その首をダビデのところに持ってきました。しかし、ダビデは彼らを退け、処罰し、さらし者にしました。このダビデをどのように理解すべきでしょうか。
1. 日和見主義者を決して信用しなかったダビデ
- サウル王が死んだことをダビデに伝えるために、また、その証拠となる王冠と腕輪をダビデのところに持ってきたアマレク人の若者も同様に、ダビデは退け、処罰として殺されました。ダビデは日和見主義者に対して断固、容赦しませんでした。このダビデの厳しさはいったいどこから来るのでしょうか。
- それはダビデの召命観から来ていると思います。ダビデはサムエルから油を注がれ、自分がやがて神の代理者としての王の地位に就くことを知らされます(Ⅰサムエル16章13節)。それ以来、ダビデはすべての行動はこの召しの中に位置づけられていきます。10余年に渡る逃亡生活も、7年半に及ぶ一時待機的な生活も、すべては王としての召しに答える訓練として位置づけられていきます。
- 神からの召命とは、それを与えられた者にとっては、すべての経験(成功も失敗も、あらゆることが)がその召命の視点から位置づけられて、組み立てられていく生き方や心の構えをもたらします。自分がやがて王としての立場に立った時に、神のみこころをどのように実現するか、どういう国を建て上げるか、どういう人とともに建て上げるかということをいつも意識させるのです。これが召命を持っている者の力と言えます。
- 日和見主義者は、その日の天気を観て自分の行動を決めるように、常に、周囲の形勢を見て自分に有利な方に就こうとする考え方です。つまり、状況に応じて自分の態度や姿勢を変えるために、そこには一貫した信念は見られません。事態のなり行きに対して、傍観者的態度を取ることも少なくありません。ダビデがこうした日和見主義的な人を断固として受け入れなかったのは、共に働く者との信頼関係を重視したためと思われます。ダビデの荒野での訓練はその信頼関係を気づくための神の養育場であったと言えます。そして何よりも重要なことは、このダビデの霊性は神を土台としているということです。
2. 4章にある大切な語彙の「ラーファー」
- 将軍アブネルが死んだことを知らされたイシュ・ボシェテは「気力を失った」(新改訳)と訳されています。新共同訳では「力を落とした」と訳しています。つまり「気落ちする」ことですが、この訳の元になっているへブル的表現は「両手が下がった」で、沈む、垂れる、下がる、という意味の動詞「ラーファー」(רָפָה)と「手」を意味する「ヤード」の複数形を伴って、「気落ちする」ことを表現しています。ちなみに、「ラーファー」は旧約では46回の使用頻度ですが、有名な箇所としては、詩篇46篇10(11)節の赤字の部分です。
「やめよ。わたしが神であることを知れ。」(新改訳)
「力を捨てよ、知れ/わたしは神。」(新共同訳)
「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」(口語訳)この語彙は「武器を捨てよ」とも解釈できます
- 人が「気落ちする」時が神の出番です。逆に神の御手が「ラーファー」(רָפָה)される人は困ってしまいます。ですから、詩篇138篇の作者は「御手のわざを捨てないでください」(8節)と祈っています。なぜなら、主は自分にかかわるすべてのことを成し遂げてくださる方であり、その恵みはとこしえだと信じているからです。
2012.7.14
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