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王としての実績を認められたサウル

9. 王としての実績を認められたサウル

【聖書箇所】 10章17節~11章15節

はじめに

  • すでにサムエルはサウル個人に対しては王となるべく油注ぎをしましたが、イスラエルの民において、サウルが王として受けとめられるためのカリスマ性が証しされる必要がありました。特に、11章はその出来事が記されています。

1. イスラエルの民の前での選び分け

  • サムエルはイスラエルの民をミツパに集め、全部族ごとに主の前に近づくようにと言います。それはくじによって神の選んだ王が取り分けられるためでした。すると全部族の中からベニヤミン族が取り分けられ、その中からキシュの子サウルが取り分けられました。
  • サウルは自分が王として選ばれていることを知っていたため、荷物の中に隠れていました。人々が彼を連れてくると、サムエルは主がお選びになったサウルを紹介し、この人に並ぶ者はいないと宣言します。「民はみな、喜び叫んで、『王さま。ばんざい。』」と受け入れたのですが、中には、まだ王としての実績のないサウルに対して否定的な「よこしまな者」(「ベリヤアム」בְלִיַּעַל)もいたのです。しかし、サウルが主によって選ばれた者であることが明らかにされる事件が起こりました。

2. アモン人ナハシュの宣戦布告

  • その事件とは、アモン人の王ナハシュがヤベシュ・ギルアデに対して陣を敷き、宣戦を布告しました。「ナハシュ」とは「ナーハーシュ」(נָחָשׁ)から来ており、「よこしま、まじない、魔術、蛇」という意味です。ナハシュは「みなの者が右の目をえぐり取る条件で契約を結ぶ」というきわめて残忍な王でした。
  • ヤベシュの長老たちは自分たちに勝ち目がないことを悟り、イスラエルの国中に使者を送って、もし自分たちを救う者がいなければ、降伏することをナハシュに約束します。サウルの住むギブアに使者が来てこのことを告げると、民はみな声をあげて泣きました。そこへサウルが畑から帰ってきたのです。サウルがこの事情を聞いたとき、彼の上に神の霊が激し下り、彼の怒りは激しく燃えたとあります(11:6)。

3. サウルの王(指導者)としてのカリスマ性が発揮された

  • アモン人の王ナハシュの宣戦布告の知らせを聞かされたサウルは、神から与えられたカリスマ性がはじめて発揮されます。サウルがしたことは1頭の牛を取って12に切り分け、それをイスラエルの国中に送り、共に戦いに立つ意志のない者はこのようになると警告しました。
  • これは単なる脅しではなく、促しです。ですから聖書は「民は主を恐れて、いっせいに出て来た」とあります(11:7)。ここにサウルのカリスマ性を見ることができます。カリスマ性とはリーダーとしての呼びかけに対して民の従順性(フォロアーシップ)がみられることです。戦い方はイスラエルの常套的戦術である夜襲、奇襲でしたが、勝利を押されることができました。この出来事によって、サウルは王としての地位を認められることとなったのです。

4. 王の責任についての文書をしたためたサムエル

  • サウルの王として擁立した後、サムエルが民に対して「王の責任」を告げ、それを文書にしたことが記されています(11:25)。その内容については一切記されてはおりませんが、申命記17章にある記述が参考となります。専制君主とは程遠い神の代理者としての王の理念が記されています。

    新改訳改訂第3版 申命記17章
    14
    あなたの神、【主】があなたに与えようとしておられる地に入って行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが、「回りのすべての国々と同じく、私も自分の上に王を立てたい」と言うなら、
    15
    あなたの神、【主】の選ぶ者を、必ず、あなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でない外国の人を、あなたの上に立てることはできない。
    16
    王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない。馬をふやすためだといって民をエジプトに帰らせてはならない。「二度とこの道を帰ってはならない」と【主】はあなたがたに言われた。
    17
    多くの妻を持ってはならない。心をそらせてはならない。自分のために金銀を非常に多くふやしてはならない。
    18
    彼がその王国の王座に着くようになったなら、レビ人の祭司たちの前のものから、自分のために、このみおしえを書き写して、
    19
    自分の手もとに置き、一生の間、これを読まなければならない。それは、彼の神、【主】を恐れ、このみおしえのすべてのことばとこれらのおきてとを守り行うことを学ぶためである。
    20
    それは、王の心が自分の同胞の上に高ぶることがないため、また命令から、右にも左にもそれることがなく、彼とその子孫とがイスラエルのうちで、長くその王国を治めることができるためである。


2012.5.25


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