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瞑想Ps135/B

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瞑想Ps135/B

  • この詩篇には「賛美する理由」について記されています。大きく分けてその理由は二つです。一つは「トーヴ・アドナイ」(主はいつくしみ深い方)、もう一つは「ガドール・アドナイ」(主は大いなる方)のゆえです。それぞれにその具体的な理由が附随しています。

    (1) 「トーヴ・アドナイ」(主はいつくしみ深い方)
    135:3
    ハレルヤ。主はまことにいつくしみ深い。
    主の御名にほめ歌を歌え。その御名はいかにも麗しい。

    具体的には、
    「まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた。」(4節)ゆえです。

    ※「宝」は詩篇ではここ135:4のみです。「宝」(セグラー)ということば申命記において重要な用語です。申命記7:6/ 参照

    (2) 「ガドール・アドナイ」(主は大いなる方)
    135:5
    まことに、私は知る。主は大いなる方。
    私たちの主はすべての神々にまさっておられる。

    具体的には、
    ① 神の主権的なみわざのゆえに(6~8節)
    ② エジプトでのしるしと奇蹟のゆえに(9節)
    ③ 多くの国々を打ち、カナンの地を相続の地として与えられたゆえに(10~12節)
    ④ バビロン捕囚からの解放のゆえに(14節)

    ※特に、④は「主はご自分の民をさばき(ディーン)、そのしもべをあわれまれます(ハーナン)。」は、イザヤ40章「『慰めよ。慰めよ。わたしの民を。』とあなたがたの神は仰せられる。『エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと』」(40:1~2)というみことばと連動しているように思います。なぜなら、バビロンでの捕囚という神のお取り扱いの時は終わり、そこからの解放を宣言しているのがイザヤ40章以降だからです。


  • この詩篇における「訳語の問題」として、新改訳、1節と3節の「ハーラル」(הָלל)と、19~21節の(「バーラフ」בָּרַךְ)に「ほめたたえよ」と同じ訳語が当てられています。これはフランシスコ会訳、典礼訳でも同様です。しかし、新共同訳、口語訳、文語訳、岩波訳、関根訳、英語訳では、それぞれはっきりと意識的に訳語を変えています。特に、英語では「ハーラル」(הָלל)はPraise, 「バーラフ」(בָּרַךְ)はBlessと明確です。
  • 前者の「ハーラル」(הָלל)はなりふりかまわず、大きな声を上げて喜びを表わす賛美に対して、後者の「バーラフ」(בָּרַךְ)は、どちらかというと、ひざまずいて、静まって、沈黙して、その喜びを瞑想的を通して表わす賛美を意味します。いずれにしても、どのような形であれ、神への賛美が呼び掛けられています。

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