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瞑想Ps24/A

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瞑想Ps24/A

  • 詩23篇で、ダビデは、いつも共におられる<臨在の神>(1~4節)と、私たちを食卓に招かれる<歓迎の神>(5節)こそ、自分の主であることを告白しました。そして、彼はその生涯においていつも主の家に住むことを誓ったのでした。詩23篇で告白されているような神が、私たちの人生を支配してくださるのは限りない喜びであり祝福です。その神をいつも私たちの心に迎え入れるようにと人々を招いているのが詩24篇であるように思えます。
  • この詩篇キーワードを「門よ。お前たちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ、栄光の王が入ってこられる。」としたいと思います。このみことば「心の扉を開き、主を迎えよ」と換言できます。
  • この主は、全地の所有者であり支配者です。また力強く、戦いに力ある万軍の主であり、栄光の王なる方です。「栄光の王」・・・英語ではThe great king、偉大なる王です。向かうところ敵なしの力ある王が、私たちを支配するとき、決して、力ずくでなされることはありません。自然界のすべてのものを従える方が人間を支配されるとき、人間の自由意志を蹂躙することは決してありません。なぜなら、神は私たち人間に自由意志を与えられたからです。ここに人間が他の被造物とは異なる点があります。それは人間にのみ与えられた尊厳のしるしなのです。
  • ダビデは呼びかけます。エルサレムの城門の扉で喩えられた私たちの心に対して、それを開き、主を迎えるようにと。ここに、神の主権と人間の責任応答性が教えられています。人間ができることは、ただ門の扉を開くことだけです。しかしこのことが容易ではないのです。私たち人間の根深い罪は、神の呼びかけに対して、心の門の扉をなかなか開けようとはしないところにあります。開けたとしても一部分です。24篇の「門」は英語ではThe gates、「扉」もThe doorsと複数になっています。つまり、すべての門の扉を主に対して開くようにと語られているのです。果たして自分は、主に対していつも心の門の扉のすべてを開いて主に明け渡しているだろうかと心探られるところです。
  • 3節以降で、「だれが、主の山に上りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか」と問い掛けられ、それにふさわしい者は、「手がきよく、心がきよらかな者、そのたましいをむなしいことに向けず、欺き誓わなかった人」と定義されています。二心のない、裏表のない言行一致した完全な人です。もしそのような人にしか神の前に立つことがふさわしくないとすれば、私は到底、神の前に立つことのできる者ではありません。しかしただひとつの希望があります。それは主の呼びかけに対して、心を開き、主を心に迎え入れることです。
  • この詩篇を瞑想しながら、私は新約聖書の黙示録3章20節のみことばを示されました。主イエスの招きです。「見よ。わたしは戸の外に立って、たたく。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」。「だれでも」とあります。例外なく、どんな罪人であっても、絶望的な者でも、主は招いておられます。主導権を持っているのは私たち人間ではなく、戸に向かって立っておられる主です。しかも一度だけ戸を叩くのではなく、繰りかえしそうしておられるのです。主が呼びかけておられるのです。
  • ともに食事をするということは、親密な関係、親しい交わりを意味します。アット・ホームな関係、なんら責められることのない心を開ける関係を意味します。ここに詩23篇の<歓迎の神>のテーマが流れています。私たちができることは、心を開くことだけです。そうするなら、主が私たちの心に入ってくださり、赦しと愛で満ちたかかわりをもってくださるのです。そうした親しいいのちの交わりが私たちを新しくします。主の前に立つにふさわしい者と変えられていくのです。これは神の恵みであり、神にしかできないことです。そのことを今朝あらためて信じたい。
  • 食事をともにするという思想は、聖書の中に数多くあります。ルカの福音書は、イエスが人々と食卓をともにされている様子を多く記しています。これはやがて訪れる神の国の祝宴を指向しています。中でも極めつけは、主を裏切った弟子たちのために、朝食を作って岸で待っていたイエスの姿です(ヨハネの福音書21章12節)。「さあ来て、朝の食事をしなさい」と招かれたイエスは彼らの裏切りを赦し、完全に受け入れていることを表わしています。そしてその後、弟子のペテロに新たな使命を託するのです。
  • 私は祈ります。「主よ。あなたの愛と赦しに裏付けられた親しい交わりに招いてくださることを感謝します。今、私はあなたに対して、素直に心の扉を開きます。」

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