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礼拝用語Ps23

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詩23篇「住う」  יָשַׁב ヤーシャヴ  

〔カテゴリー誓約〕

6節「私は、いつでも、主の家に住まいましょう。」

Keyword;「住む」「とどまる」 dwell 
27:4/65:8/84:4/91:1/98:7/132:14/140:13

  • ヤーシャヴ(יָשַׁב)は旧約全体で1,084回、詩篇では61回。その原意は「座る」で、それから多くの意味が派生します。「暮らす、こもっている、住まう、住む、とどまる、休む、御座に座す」といったふうにです。
  • 詩15篇1節にある「住む」シャーカン(שָׁכַן)、「宿る」グール(גּוּר)は、類義語として考えることができますが、詩23篇のヤーシャヴ(יָשַׁב)は、主との親密度がよりいっそう深いように思われます。
  • ダビデが「一つのことを主に願った」(詩27篇6節)というその「一つ」とは、「いのちの日の限り主の家に住むこと。主の麗しさを仰ぎその宮で思いにふける」ことでした。詩84篇4節にも「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。」とあります。詩91篇1節では「いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る」とあり、神とのかかわりのゆるぎなさが表されています。
  • 詩23篇6節では、この詩篇における二つの結論が記されています。ひとつは、「まことに、私の日の限り、いつくしみと、恵みとが、私を追ってくる」という、主の私に対するかかわりの結論。もうひとつは、「私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。」という、私の主に対するかかわりの結論です。この二つの結論の順序が重要です。なぜなら、神の豊かな祝福が惜しみなく自分の生涯に注がれていることに気づかされた者だけが、真の意味で、「私は、いつまでも(とこしえに)、主の家に住まいましょう。」と誓うことができるからです。この誓いこそダビデをしてその生涯を動かした情熱といえます。
  • 「主の家に住む」とは、神を親しく知り、神のいつくしみと恵みがいつも追いかけてくるようなかかわりを持つことです。主の家とは「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」(わたしの心に適う者)」という天の父の声をいつも心の中に聞くことのできる家です。この天の父の声こそ、闇のただ中にあっても、光の中にとどまりづけることができ、自由に生きることを可能にしてくれる声です。それは途切れることのない永遠の愛の声であり、その声を聞く者にいのちを与え続けてくれる声です。この愛の声を聞くことのできる者は、なにも恐れることはないことをダビデは知ったのです。
  • このダビデの誓い(23:6)はイエスのライフスタイルを指し示しています。「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることをご存じなかったのですか。」(ルカ2章49節)という言葉はイエスが12歳の時にエルサレムで両親に向って言った言葉ですが、イエスが常に御父の家に住んでおられたということを教えています。

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