****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

私の頭に油をそそいでくださいます。

瞑想(13) 「あなたは私の頭に油をそそいでくださいます」(v.5-b)

画像の説明

  • 「あなたは私の頭に油をそそいでくださいます。」
    You anoint my head.
    You welcome me as honored guest. (TEV)―あなたは私を一人の来賓として歓迎してくださるー
  • 訳文では現在形のように訳されていますが、原文では完了形ピエル態(強意形の能動)の「ディシェーン」(דִּשֵׁן)で、「そそいでくださった」となっています。フランシスコ会訳は「わたしの頭に香油を注がれた」と訳しています。
  • 完了形の「ダーシェーン」(דָּשֵׁן)は、本来、「肥える」「太る」「肥やす」「(脂肪を)灰にする」「(脂肪の)灰を取り除く」「(人を)健やかにする」という意味です。「(香油を)注ぐ」と意味で使われているのは詩23篇5節のみです。歓迎の意を表すことばとして用いられており、預言者や祭司、王の任職の際に油を注ぐアノインテング(油注ぎ)とは異なります。ちなみに、任職の油注ぎのへブル語は「マーシャハ」(מָשַׁח)です。
  • 客人の頭に香油を注ぐとは、主人の最高度のもてなしを意味します。新約聖書には大変高価な香油をもってイェシュアの足にそれを注いだひとりの女性がおりました。そのときイェシュアは自分を食事に招いてくれたパリサイ人のシモンに対してこう言ったのです。「あなたは、わたしの頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、私の足に香油を塗ってくれました。」と(ルカ7:46参照)。
  • 歓迎のしるしとしての香油は、新約的にいうならば、香油の価値に勝る聖霊と言えます。それは私たちを最大限に歓迎する神の招きです。その聖霊によって私たちは垂れ幕を通って、至聖所に近づき、神のみこころを知ることができる者とされるからです。それは私たちが神と最も親しいかかわりをもてるように、神ご自身が注いでくださるものです。
  • 「神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。」(ヨハネの福音書3:34)とあるように、御子イェシュアは、御父からこの御霊を無限に与えられました。それゆえに父のみこころを語り、行うことができたのです。私たちがキリストのうちにとどまり、神を知り、多くの実を結ぶためには、歓迎としての香ばしい油が必要なのです。


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