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荒野から上って来るひと(女)はだれ

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雅歌は、花婿なるキリストと花嫁なる教会のかかわりを学ぶ最高のテキストです。

11. 荒野から上って来るひと(女)はだれ

【聖書箇所】 3章6〜11節

ベレーシート

  • 3章6〜11節は、「エルサレムの娘たち」が、婚礼のため花婿のもとに「みこし」(輿)に乗って荒野から上って来る「ひと」を歌っています。その「みこし」に乗って荒野から来るこの「ひとはだれ」(「ミー・ゾーット」מִי זֹאת)なのか。この「ひと」とは指示代名詞の女性形です。新共同訳は「おとめ」と訳しています。ここでは「花嫁」として解釈します。花嫁が「荒野から上って来る」のです。なぜ「荒野から」なのでしょうか。「荒野」には何が秘められているのでしょうか。ここが今回の瞑想のポイントです。

1. 荒野とは、花嫁の整えのために神が備えられた場所

  • 聖書で象徴する「荒野」(「ミドゥバール」מִדְבָּר)は、神の民、ないしはキリストの花嫁が整えられるために神が備えられる場所です。なぜなら、荒野は神のみことばによってのみ養われる場所だからです。
  • 旧約においては、エジプトから救い出したイスラエルの民を「祭司の王国」「聖なる民」とするために、神は彼らを荒野に導き、そこで神のトーラーを与えました。その目的は神の民たちに神のことばによってのみ生きることを教えるためでした。また神はイェシュアを、その公生涯の初めに受洗によって公にメシアとして就任した後に、聖霊によって荒野に導かれました。イェシュアの十字架の死と復活後、五旬節(神のトーラーが与えられた時と同じ第三の月の新月)に聖霊が降臨したことで、主の花嫁である弟子たちは、はじめて神のトーラー(みことば)を理解する者となったのでした。聖霊の賜物は一義的に「知恵と知識の霊」であり、その働きは神のことばの内に隠された意味を悟らせることです。そして究極的には神ご自身を知るための悟りの霊です。
  • 花嫁が荒野から上ってくるということは、花婿との婚礼の準備が整ったということを意味します。ヨハネの黙示録19章5〜8節にこうあります。

【新改訳改訂第3版】ヨハネの黙示録19章5~8節
5 また、御座から声が出て言った。「すべての、神のしもべたち。小さい者も大きい者も、神を恐れかしこむ者たちよ。われらの神を賛美せよ。」
6 また、私は大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた
7 私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。8 花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。

  • 小羊(=花婿)との婚姻の時が来て、花嫁もその用意が整えられたということは、花嫁が荒野において、神のご計画とそのみことばの深い意味を悟ったことを意味しています。しかも悟っただけでなく、それに従った行ないをすることで、光り輝く、きよい麻布の衣(ウェディングドレス)を着ることが許されたのです。
  • 終わりの時代には、神に敵対する勢力も強まりますが、神は花嫁(教会)を守ります。それはイスラエルの民に対しても同様で、そのことが黙示録12章に記されています。

【新改訳改訂第3版】ヨハネの黙示録12章4〜6節
4・・・竜は子を産もうとしている女の前に立っていた。彼女が子を産んだとき、その子を食い尽くすためであった。
5 女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。
6 女は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。


ここにある「女」とは「イスラエルの民」のことです。この「女」は「男の子」(=イェシュア・ハマシアッハ)を産みます。竜(=サタン)はこの子を食い尽くそうとしますが、神のみもとにその子は引き上げられました。「女」も、竜がこの地上で活躍する「千二百六十日の間」(=反キリストによる七年の患難時代の後半の三年半)、神が彼女を養うために備えた場所である「荒野」にかくまわれます。そしてそこで「女」はイェシュアがメシアであることに目が開かれ、民族的に悔い改めて、神を夫と呼ぶようになります。その後にメシアが地上に再臨され、この地上において「花嫁」(教会)と「花婿」の「婚宴」が行なわれるのです。そこに悔い改めた「女」、つまり回復したイスラエルの民も招かれて加わるのです。そのことを以下のように記しています(「婚姻」と「婚宴」の違いに注意すること)。

【新改訳改訂第3版】黙示録19章9節
御使いは私に「小羊の婚宴に招かれた者は幸いだ、と書きなさい」と言い、また、「これは神の真実のことばです」と言った。


2. 花嫁を飾る香料の煙と花嫁が乗る輿

  • 6節には「没薬、乳香」をはじめとして、あらゆる「香料」の煙を柱のようにくゆらしてやってくる花嫁が描かれています。「黄金・乳香・没薬」は東方の博士たちがイェシュア誕生の時に持ってきた贈り物です。古代のイスラエルには香料がないために、外国から輸入しなければなりませんでした。したがって、香料の煙を柱のようにくゆらしながらやってくるのは、やがてこの花嫁の構成員に異邦人が入って来ることを予感させます。
  • 「みこし」と訳されたことばが7節と9節にあります(新改訳)。しかし、原語は異なっています。
    (1) 7節の「みこし」は「ミッター」(מִטָּה)で、横になれる寝台の輿です。「ソロモンの乗るみこし」とありますから、花婿から贈られた輿と考えられます。それに乗って花嫁は花婿のところにやってくるのです。
フッパー.JPG

(2) 9節の「みこし」は「アッピリヨーン」(אַפִּרְיוֹן)で、王である花婿しか乗ることのできない特別な「みこし」で、この箇所にしか使われていません。その「みこし」は固定式のもので、四本の支柱があり、内部が金と装飾品で飾られています。とすれば、それは「フッパー」です。「フッパー」はユダヤ人の花婿と花嫁が結婚の式を挙げる場所なのです。

  • 婚礼の日は「喜びの日」です。ヨハネの黙示録19章6~7節にも「ハレルヤ。・・われらの神である主(=イェシュア・ハマシアッハ)は王となられた。私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。」とあります。これは天にある大群衆(御使いの軍勢)の声です。この日はいつ来てもおかしくありません。花嫁が妻となる日はますます近づいているのです。


2015.8.21


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