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詩101篇/B

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瞑想Ps101/B

◆詩篇101篇の2節「私は、全き道に心を留めます」という表現に目を留めてみたいと思います。「全き道を歩む」がどういうことかは、後の詩篇119篇の重要なテーマです。新共同訳では「完全な道について解き明かします」と訳されています。

◆かつて神はアブラハムに対して「あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ」と語ったことがあります(創世記17章1節)。「全き者」とは、ある道徳的規準の中に生きることではないことは確かです。その「全」とは、信頼における「全」であり、その模範は神の御子イエス・キリストにおいてはっきりと啓示されました。彼こそ、その生涯において、天の父を最後まで全き信頼を貫いた方です。それゆえ、「全き道」は、「信頼の道」「共に生きる道」と言い換えることができます。

◆信頼の道を歩むために、作者は3節で「私の目の前に卑しいことを置きません」と誓っています。「卑しいこと」を、岩波訳では「魔のことば」と訳されています。それは不信なことば、疑いのことば、投げやりなことば、見下げることば、欺きや偽りのことば等、自分の口から一切出さないという意味だと考えます。なぜなら、私たちは自分の口にすることばによって支配されてしまうからです。いつも真実な、信頼のおける人々と共に歩むことを心掛けたいと思わせられます。

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