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恩寵用語Ps52

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詩52篇「いつも(ある)」 כָּל הַיּוֹם コル・ハッヨーム

〔カテゴリー育成〕

1節「・・・神の恵みは、いつも、あるのだ。」(新改訳)
「・・・神の慈しみの絶えることはないが」(新共同訳)
The goodness of God endures continually. (NKJV)
God's faithfulness is eternal. (TEV)

Keyword; 「いつも、一日中、絶えることなく」 endure continually, be eternal

  • 「神の恵みは、いつも、あるのだ」とは何というすばらしい宣言でしょうか。何度もこのことばを口にするだけで、力が湧いてきます。原文には「ある」という動詞はありませんが、神の恵みは「いつも」と訳された「コル・ハッヨーム」(&size(18)כָּל הַיּוֹם };)は、まさに恩寵そのものです。
  • 「途切れることなく続く」(endures continually)神の恵みを、「永遠に」神の恵みがあることを知ることは、どんな危機や状況に置かれることがあっても、ゆるがされずに生きる希望を神を信ずる者たちに与えてくれます。
  • 「恵み」と訳された「ヘセド」(חֶסֶד)は、「慈しみ、いつくしみ」(新共同訳、関根訳)とも訳され、英語では、goodness(NKJV)、faithfulness(TEV)とも訳されます。
  • この詩篇にある背景は表題が示すように、エドム人ドエグがサウルのもとに来て、「ダビデがアヒメレクの家に来た」と告げたとき、とあります。このところをLB訳では「ダビデが、その敵ドエグに抗議して書いたもの」となっていて、表題の状況をわかりやすく説明しています。つまり、詩52篇は「ダビデのドエグに対する抗議」をその内容としていることが分かります。
  • サウル王の嫉みによって殺害の意を知ったダビデは、身一つでサウルのもとを去り、放浪の旅に出ます。その最初に立ち寄った祭司アヒメレクのところで、ダビデはそのいきさつを隠してパンと武器を手にしますが、たまたまそこに居合わせたサウル王の側近ドエグによって、その情報がサウル王に伝えました。逃亡者ダビデをかくまった祭司アヒメレクをダビデの共謀者とみなしたためか、ダビデとかかわることへのみせしめのためか、祭司アヒメレクの一族は一人を除いてみな虐殺されます。この惨劇にダビデは心痛め、ドエグに対して怒りをあらわにして書かれたのがこの詩篇です。
  • 私たちも、自分したこと、語ったことが人に正しく受留められるとは限りません。むしろ、誤解されたり、挙げ足を取られたり、相手の都合のいいように利用されるかもしれません。悪の現実に対してダビデの取った態度に私たちは学ぶべきです。そのひとつは、悪に対しては神のさばきにゆだねること、そしてもうひとつは、自分は常に神の恵みにより頼むことです。ダビデはこう告白しています。「神の恵みはいつもあるのだ」(1節)、「この私は、神の家にあるおい茂るオリーブの木のようだ。私は、世々限りなく、神の恵みに拠り頼む」(8節)。 悪の渦巻く不条理の現実の中で生きるダビデの霊性が見えてきます。

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