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詩篇37篇08~11節

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詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。

3. 詩篇37篇8~11節

8 怒ることをやめ、憤りを捨てよ。
腹を立てるな。それはただ悪への道だ。
9 悪を行う者は断ち切られる。
しかし【主】を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう

10 ただしばらくの間だけで、悪者はいなくなる。
あなたが彼の居所を調べても、彼はそこにはいないだろう。
11 しかし、貧しい人は地を受け継ごう
また、豊かな繁栄をおのれの喜びとしよう。


●8節の一行目と二行目は合成的パラレリズム。
9節の一行目と二行目は反意的パラレリズム。
10節の一行目と二行目は同義的パラレリズム。
11節の一行目と二行目は同義的パラレリズム。

●8~11節の箇所で特徴的な思想は「地を受け継ぐ」というものです。詩篇37篇には「彼らは地を受け継ごう」(「イールシュー・アーレツיִירְשׁוּ אָרֶץ)というフレーズが4回あります(9, 11, 22, 29節)。また、それに関連する「地を受け継ぐために」(原文「ラーレシェット・アーレツ」לָרֶשֶׁת אָרֶץ)が1回(34節)あります。いずれも「受け継ぐ」は「ヤーラシュ」(יָרַשׁ)です。とすれば、このことについて瞑想することは重要です。

「ヤーラシュ」(ヨシュア記の鍵語).JPG

●旧約全体で233回、うちヨシュア記は30回。「ヤーラシュ」はヨシュア記の鍵語です。「追い払う」「滅ぼす」「占領する」「所有する」「手に入れる(取得する)」「相続する」「受け継ぐ」と訳されています。積極的(動的)ニュアンスの強い動詞です。

●受け継ぐ「地」(「アーレツ」אָרֶץ)は、主がアブラハムに約束された地です。それが相続地として完全に与えられるのは、メシア(キリスト)が再臨された後のメシア王国(千年王国)においてです。それはさらに、黙示録21章に啓示されている「新しい天と新しい地」における「新しい地」とも言えます。


1. 詩篇37篇の「地を受け継ぐ者たち」

地を受け継ぐ者たち.JPG
  • 「地を受け継ぐ者たち」は、右図にあるように、「主を待ち望む者たち」「正しい者たち」「主に祝福された者たち」です。しかしここでは、「貧しい者たち」(「アナーヴィーム」עֲנָוִים)に注目してみたいと思います。「アナーヴィーム」は名詞単数「アーナーヴ」(עָנָו)の複数形です。「謙遜な者たち」「柔和な者たち」とも訳せます。
  • 神の御子イェシュアは自分のことを「わたしは心優しく」と語っています(マタイ11:29)が、この「心優しく」をヘブル語に戻すと「アーナーヴ」(עָנָו)となります。「心優しい」とか、「柔和」という日本語のイメージは、少々弱々しいイメージを感じさせますが、ヘブル語の「アーナーヴ」の意味はこれとは違います。それは、当然の権利として主張できるにもかかわらず、神に対しても、人に対しても、自分のためには弁解しないという強い毅然とした態度を示す言葉です。つまり、ヘブル的な意味としての「柔和な人」とは、完全に神に従い、完全に信頼して、神にゆだねることのできる人のことです。
  • 詩篇37篇の枠で定義するなら、「貧しい人」「柔和な人」とは、悪者に腹を立てたり、ねたみを起こしたりせずに、主を信頼して善を行ない、誠実を養い、情け深く人に施したりする人のことです。また、知恵を語り、公義を告げる人でもあります。主の教えを守り、よろけない人のことです。そうした特質を持っている人のことを、「貧しい者」「柔和な人」「謙遜な人」と言うのです。したがって、それはイェシュアにおいて最もよく示されていると言えます。
  • 旧約で柔和な人物の代表例は「モーセ」です。彼は、最も信頼する人々から非難されたことがありましたが、一切、弁解しなかった人です。神の前に自分を低くして、自分に与えられた使命を全うしました。
  • モーセの謙遜(柔和)さは生まれつきのものではありません。彼は若い時には、自分を一角の者と思い、自分の力で同胞を救うことのできる者だと考えていました。しかし、エジプトから逃亡し、40年間、ミデヤンの地での訓練を通して謙遜さが培われたのです。この特質は御霊の実です。激しやすいヨハネやパウロも御霊によって変えられて、謙遜な者にされたのです。やがて神によって与えられる御国とは、このような者たちがいるところと言えます。

2. 地を受け継ぐ者たちの祝福

  • 詩篇37篇11節の二行目には、「地を受け継ぐ」ことがどんな祝福かを記しています。その祝福とは「豊かな繁栄をおのれの喜びとする」ということです。新共同訳は「豊かな平和に自らをゆだねるであろう」と訳しています。原文ではどうなっているのでしょうか。直訳は、「彼らは、大いなる平安によって(支えられて)、深い喜びを得るだろう」です。「深い喜びを得る」という動詞の「アーナグ」(עָנַג)が、すでに4節でも「主をおのれの喜びとせよ」で使われています。4節も11節も、同じく強意形のヒットパエル態で使われています。つまり、「自分の喜びとする」ことを意味する動詞です。
  • 「豊かな繁栄」の「繁栄」の原語は「シャーローム」(שָׁלוֹם)です。「豊かな繁栄」は「大いなる平安」とも訳すことができます。「シャーローム」(שָׁלוֹם)が神の祝福の総称だと考えるならば、「地を受け継ぐ」とは「神の大いなる祝福によって、深い喜びを得る」ことを意味するのです。まさに完全な満足の境地です。それが約束されているとは何とすばらしいことでしょうか。
  • この約束が実現するために、神はイェシュアを使わされたのです。

    【新改訳改訂第3版】イザヤ書61章1節
    神である主の霊が、わたしの上にある。【主】はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。


    ●「貧しい者」は複数形の「アナーヴィーム」(עֲנָוים)です。彼らに「良い知らせを伝えるために」(「レ・ヴァッセール」לְבַשֵּׂר)、神は御子イェシュアを遣わされたのです。このことをイェシュアが、自分の育ったナザレで宣教を開始された時に語られたのが、イザヤ書61章1節でした。ところが、ナザレの人々にはそのことに驚く者も入れば、反対に、つまずく者もいたのです。


2016.12.6


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