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詩86篇/B

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瞑想Ps86/B

◆友達にメールを送って返信がすぐに返ってこないと、「嫌われたんじゃないか・・」と不安になってしまい、その日一日が憂うつになってしまったりする。携帯のメール着信がないと、心が寂しくて、落ち着かない。これは立派なメール依存症です。現代の希薄な人間関係の中で起きている現象といえますが、しかしこれこそ人間らしい姿のようにも思えます。呼べば答えてくれる存在がいることで私たちは安心するからです。赤ちゃんが泣き叫んでも、答えてくれる存在がなければ、その赤ちゃんは生きる力を失うはずです。

◆詩篇の世界ではダビデはメール依存症ならぬ、神依存症です。神様の返信なしには生きられない者であることを自覚していたイスラエルの王です。年齢や身分や立場に関係なく、呼べば答えるという関わりを人はいつでも捜し求めているのではないでしょうか。

◆#「いつくしみ深き友なるイエスは・・」ではじまる有名な讃美歌があります。アメージング・グレースと並んで広く愛唱されている歌のひとつです。ブライダルでもおなじみです。もともとこの讃美歌の作詞者(ジョゼフ・スクリィビン、1820年生まれ)は、自分の母親が非常に悩んでいるときに、母を慰め励ますために書いたものでしたが、1890年代、アメリカの大伝道者ムーディとコンビを組んだ歌手サンキーがあらゆる伝道集会で歌ったために大いに人気のあるものとなりました。

◆日本語に訳されたこの讃美歌は3節までしかありませんが、その中で最も大切なことばは、「祈りにこたえて」だと私は思います。What a Freind we have in Jesus 人の心は移ろいやすいものです。しかしイエス(Jesus)というただ一人の友は、私の弱さを知りつつも、どこまでも変わらぬ愛をもってかかわってくださる方です。この方は、「悩み悲しみに沈めるとき」でも、この「世の友がわれらを棄て去るとき」があっても、私たちの祈りに耳を傾けてくださり、慰め、助けてくださる唯一の友です。イエスという友に出会うことで、メールに依存しなくても生きられるようになると、私は信じます。

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