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詩92篇/B

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瞑想Ps92/B

◆詩篇92篇は、91篇で主を自分の住いとした者の日々の具体的な生活がいかなるものであるか、そしてその祝福を歌っているように思います。その中から特に12節~14節のバースを瞑想したいと思います。「正しい者は、なつめやしの木のように栄え、レバノンの木のように育ちます。彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。」(12~14節)

◆「正しい者」とは、神の大庭に植えられた者のことです。「植えられた」とは自然にそこに芽を出して育ったということではなく、神によってどこからか移植されて、神の庭で神によって育てられたことを意味します。「年老いてもなお」とありますから、年老いてからではなく、そこに至るまでの過程においても、多くの「実を実らせ、みずみずしく、生い茂っている」ことが可能ということです。それにしても、「みずみずしく」とはなんという祝福でしょう。

◆神のいのちは常に関係性において表われます。その実は、愛であり、感謝であり、思いやりということができます。そうした実は一朝一夕では結ぶことはできません。「わたしを離れては、あなたがたは何もすることができません。・・・わたしにとどまりなさい」と主が言われたことを思い起こさせます。なつめやしの木のように多くの実を結ぶ人生に招かれたことを感謝します。

なつめやし①  

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なつめやし②

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なつめやし③

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