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詩34篇「答える」עָנָה アーナー

〔カテゴリー愛顧〕

4節a「私が主を求めると、主は答えてくださった(עָנָה)。」
4節b「私をすべての恐怖から救い出してくださった(נָצַל)。」

Keyword; 「答える」 answer 3:4/ 34:4/65:5/99:6/118:6, 21/119:26/120:1

  • 「私が主に呼ばわる」、すると「主は私に答えてくだった」―きわめて単純かつ明快なかかわりがここにあります。「答えてください」という嘆願ではなく、はっきりと答えられたという経験が記されているのがこの詩34篇の特徴ですが、他の詩篇にもあります。
  • 99:6「・・彼ら(モーセ、アロン、サムエル)は主を呼び、主は彼らに答えられた。」
  • 120:1「苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。」
  • 「答えられた」という経験が、「私が声を上げて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。」(3:4)という確信を生み、「答えてください」という嘆願を生む。しかしその背景には、「わたしを呼び求めれば、わたしは・・答えよう」(91:15)という主の約束がある。このように、「約束」-「嘆願」-「経験」-「確信」という構造の中で、神との信頼関係はより深いものとなっていくと信じます。
  • 詩34篇には、作者が苦しみのうちに主を呼び求め、その声を聞かれた主が答えてくださったという構造が見られますが、その答えが、「何から救われた(יָשַׁע)」のか、「何から救い出された(נָצַל)」のかという表現でなんども繰り返して記されているのが特徴です。

    4節
    「主は私をすべての恐怖から救い出して(נָצַל)くださった。」
    6節
    「この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。
    こうして、彼らはすべての苦しみから救われた(יָשַׁע)」
    17節
    「彼らが叫ぶと主は聞いてくださる。
    そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される(נָצַל)」
    18節
    「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、
    たましいの砕かれた者を救われる(יָשַׁע)」
    19節
    「正しい者の悩みは多い。
    しかし主はそのすべてから彼を救い出される(נָצַל)。」

  • 「すべての恐怖」、「すべての苦しみ」、「すべての悩み(=わざわい)」―これらは「恐れ」ということばで括ることができます。信仰者といえども、ひとたび恐れをいだくならば、無力となり、良い知恵が与えられるどころか愚かな決断をしてしまいます。歩みにおいてマイナスの影響をもたらします。なぜなら、恐れから敵(サタン)のつけ入る隙を与えてしまうからです。信仰が薄れると、必ず、恐れが怒涛のように押し寄せてきます。信仰と恐れの関係は、私たちが考えている以上に根の深いものです。この詩篇の標題にもあるように、ダビデが恐れを抱いたとき、ガテの王アキシュの前で気違いを装って難を逃れました。この経験はダビデをして「人を恐れると罠に陥る」ことを学ばせた出来事だと思います。

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