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礼拝用語(1)Ps37

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詩37篇(1)「(耐え忍んで)待つ」 חוּל フール

〔カテゴリー渇望・待望 〕

7節「主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。」 (新改訳)
7節「主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。」(口語訳)
7節「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれる。」(新共同訳)

Keyword; 「待ちます」 wait patiently, 37:7のみ

  • 「待て」(待つ)と訳されたことば「フール」(חוּל)は、旧約では10回、詩篇では37篇7節の1回にしか使われていない動詞です。「荒れ狂う、いたく苦しむ、痛みを覚える、産みの苦しみ、苦しみもだえる、もだえ苦しむ、傷を負う、待つ、待ち望む」を意味する言葉です。ワクワク、ドキドキしながら待っているというのではなく、じっと耐え忍びつつ、苦しみもだえつつ、主を待つことを意味しているようです。いつ出口があるのか分からない、うめきながらの苦しみとも言えます。そのような待ち望みが「フール」(חוּל)の意味するところです。
  • 37篇7節にあるように、「おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てず」に、沈黙して、主を待つということは痛みと苦しみを覚えるはずです。悪人の繁栄が大きく、成功が魅力的なものとして目に映るとき、「腹を立てたり、ねたみを引き起こしたりする誘惑にかられます。詩篇73篇の作者も霊的な指導者でありながら、同じような誘惑にかられ、「足がたわみそうで、私の歩みはすべるばかりであった」(2節)と正直に告白しています。
  • 新約に生きる私たちにも、そのようなうめきをもたらすような待ち望みがあることをパウロはローマ書の中で以下のように述べています。


「19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。24 私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。25 もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。」(ローマ8章19~25節)

  • ちなみに、37篇9節、34節で使われている「待ち望む」は「カーヴァー」(קָוָה )です。詩篇で「待ち望む」と訳されていることばは他にもあります。類義語としては、

(1)「ヤーハル」(יָחַל) 期待する、望みを抱く、望む、待ち望む、待ちわびる、待つ。
27:14/31:24/33:18, 22/38:15/42:5/69:3/71:14/119:43, 49, 147/130:5, 7/147:11

(2)「ハーハー」(חָכָה) 待ち望む、望む、待つ。 33:20 イザヤ30:18

(3)「サーヴァル」(שָׂבַר) 期待する、望む、待ち望む。 104:27/119:165/145:15

(4)「ツァーファー」(צָפָה) 仰ぎ見る、うかがう、望み見る、待ち構える、見張る。 5:3

(5)「フール」(חוּל) 忍耐しながら、耐え忍びながら、待ち焦がれながら主を待つ 37:7

(6)「カーヴァー」(קָוָה) 信頼しながら、期待しながら、主を仰ぎ望みながら、沈黙の中で待ち望む。
25:3/27:14/37:9,34/40:1/69:6/130:5

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