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詩34篇/B

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瞑想Ps34/B

  • 詩篇34篇の瞑想を11節の「来なさい(Come!)子たちよ。私に聞きなさい。主を恐れることを教えよう」ということばに目をとめたいと思います。表題には「ダビデが、アビメレクの前で気違いを装い・・」とあるように、この詩編の背景にはダビデの失敗が隠されています。「主を恐れる」こと、つまり、「主を信頼する」ことの失敗です。
  • 昔から「失敗は成功のもと」と言う名言があるように、失敗の経験からダビデは真に主を信頼することを学んだと言えます。しかもその失敗はダビデが荒野での放浪生活をスタートした時でした。成功談を聞かされるよりも、失敗談を聞く方が励まされ、共感でき、多くを学ぶことができるものです。この詩篇では直接の失敗談については記されていませんが、ダビデが神から王として選ばれたにもかかわらず、人を恐れるあまり、大芝居を演じたことを後に悔い改めて、人々に主を恐れることを身をもって教えることができた人だった、と思います。神のことを教える立場にある人は、多くの失敗の経験の中で、主の恵みがなんであるかを学んだ人と言えるのではないかと思います。
  • 「主を恐れる者」とは、「主に身を避ける者」「主を尋ね求める者」「心の打ち砕かれた者」と換言できます。感謝なことに、そうした者に、完璧なセキュリティーが保障されています。
  • もうひとつ、10節にある「注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に」というのも味わい深いことばです。自然界の表象によって啓示されている神の恵みとその具体的な現われ(「あなたの義」、新共同訳では「恵みの御業」)が、あなたを知る者に常にあるようにという願いです。しかも、変わることなく、継続的に、いつも注がれるようにとの願いは、イエス様が山上の説教の中で「義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ちたりるからです。」と語られたように、この祈りは確かに聞かれる祈りだと信じます。

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