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詩37篇/B

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瞑想Ps37/B

  • この詩篇の類型としては、「知恵の詩篇」と言えます。長い歴史の中で人々が身につけてきた信仰の知恵を述べている詩篇と言えます。この世の不条理な現実の中で、信仰者がそれをどのように受けとめようとしてきたか、その知恵が語られています。私たちがその知恵をもって生きることができることは感謝なことです。
  • 長い詩篇ですが、あえてキーバースを探すとすれば、3節としたいと思います。「主に信頼し、善を行え。地に住み、誠実を養え」ということばです。特に、後半の言葉は、自分の置かれた立場と場所にしっかりと信仰をもって住むことの大切さが語られているように思います。
  • イスラエルが捕囚の民となる前に、預言者エレミヤは神のさばきとしてのバビロンの捕囚を受け入れるように促し、そこに住んで、信仰を養うよう神からのことばを語りました。当然、多くの人々はそんな預言を受け入れることはできず、エレミヤを偽預言者と決めつけ、エジプトに逃れた者も多かったようです。しかし、神のみこころは異国の捕囚の民となって、もう一度、そこで神との生きたかかわりを立て直させる計画だったようです。エレミヤは神の約束を次のように語りました。「まことに、主はこう仰せられる。『バビロンに70年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。-主の御告げ。-それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。・・』」と。
  • 神が定めた「地に住み、誠実(信仰)を養え」とは、民が自分たちの失敗から立ち上がるための知恵と言えます。この励ましの前に、詩37篇の1節、7節、8節では、たとえ、神を信じることのない者たちの繁栄を目にしたとしても、「腹を立てるな」、「ねたみを起こすな」、「怒ることをせず、憤りを捨てよ」、「腹を立てるな」と命じています。神や人に「腹を立て」たり、「ねたみを起こ」したりするとき、私たちは神のご計画や導きを見失います。そのための警告です。むしろ「主をおのれの喜びせよ」「あなたの道をゆだねよ」「主に信頼せよ」と、どこまでも目を主に向けさせようとしています。
  • しかしひとたび、「腹を立てるとき」「ねたみを起こすとき」主に目を向けることができなくなるのが私たちの弱さです。信仰の脱落もこうして起こるのではないかと思います。その根本的な問題にあるのは、「神を赦さない」という隠れたそむきの罪が存在しているように思います。
  • 自分の置かれた場所がどんなに辛く、また不条理と思えても、私たちに神の平安、つまり、神のすべての祝福を包括したシャロームを意味する平安を与える計画は完璧なのです。したがって、神が自分に与えられた「地に住み、誠実を養う」(共同訳では「信仰を糧とする」) ことが必要です。なぜなら、「人の歩みは主によって確かにされるから」(23節)です。「詩篇の瞑想」の目的も、実は、ここにあると信じます。

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